UnBooks:井戸職人
時は慶長2年、讃岐の国、丸亀城。この城の城主である山崎家治は、羽坂重三郎という石垣づくりの名人と言われた職人を雇いました。
「これ、重三郎よ。この度、お前の作った石垣だが、見事な出来栄えじゃ。誉めてつかわすぞ」
「ははぁ。身に余る光栄でございます」
「それにしても、高い石垣じゃのう。これほどの石垣は誰も登ってくることはできまい。あれほどの高い石垣は、鳥しか越えられぬわ」
「誠におそれながら、殿。私なら、あの石垣を超えてみせまする」
「なに!? あの石垣をこえてみせると」
「はい、これ一本にて」
そう言って重三郎は長さ四尺(約1.2m)の鉄の棒を手にとりました。
「なんじゃそれは。鉄の棒か?」
「さようでございます」
「よし、重三郎よ、見せてみろ」
殿様に言われて、重三郎は鉄の棒を石垣のあちこちのすきまにさしこんで、するすると登ってゆきました。自分が設計した石垣です。継ぎ目も大きさも組み方も知り尽くしています。
「殿ぉー。登りましたぞ」
「おお、見事じゃ。流石職人、誉めてつかわす」
驚いた家治はこの技に感心したかのように言葉を発しました。
それから数日後のある夜。重三郎が寝ていると、
「重三郎殿。重三郎殿」
「はて、こんな夜中にどなたかな」
戸を開けてみますと、そこには城の使者が立っていました。
「重三郎殿、殿からの言いつけであるが、ただ今城にくせ者が侵入し、みんなで探しているのであるが見つからぬ。残る怪しいところといえば、ニの丸にある井戸の中だけなのであるが、あそこは深くて誰も入ることが出来ぬ。どうか、そなたの力を貸してはもらえぬか」
話を聞いた重三郎はすぐさま、使者と共に、城の井戸に向かいました。
「重三郎殿、この井戸じゃ。降りられそうか?」
「はい。いますぐにでも」
そう言って重三郎は例にもよって、するすると降りて行きました。しかし、どこにも人の気配は感じられません。しかし、底に到達すると同時に大きな石が投げ込まれ、わけがわからないまま、重三郎は死んでしまいました。
実はこの命令を下したのは城主である家治。あの時石垣を登っていく重三郎が敵のスパイのように見えたのです。
「もしもこの男が敵方についたら……」
そう思って不安になった家治は重三郎を殺すことにしたのです。
それから家治は心の安息を取り戻し、しばらくは平和に暮らしていましたが、だんだんと城の中に妙な噂が流れるようになりました。
「ニの丸の井戸で水の音を聞いたぞ」
「いや、あそこは石を大量に投げ込んだ上に干上がってるはずだから、水などあるわけがない」
「あの井戸の周りで昼間だというのに青白い炎を見た」などという部下が後をたたず、誰も気味悪がって井戸には近づかなくなってしまいました。
噂を聞いた家治も怖くなり、恐怖の夜が続きました。そんなある日のこと、夜中にふと目が覚めますと誰かが上から顔を覗き込んでいます。びっくりしてよく見ると、それは血まみれの姿になった重三郎でした。
「ひぃっ、迷ったか! 重三郎!」
「お殿さまぁぁぁ……。井戸の中には怪しい人間はいませんでしたぜ……」