UnBooks:ボッチちゃん
そのぼっちは、うまくできていた。男のぼっちだった。人工的なものだから、いくらでもブサイクにつくれた。あらゆるブサイクの要素を取り入れたので完全なブサイクができあがった。もっとも、少しコミュ障だった。だが、コミュ障なことは孤独の条件なのだった。
ほかにはぼっちを作ろうなんて、誰も考えなかった。非リアと同じに嫌われるぼっちを作るのは、無駄な話だ。そんなもの作る費用があれば、もっとイケメンのリア充ができたし、モテたがっている人間は、いくらでもいたのだから。
それは道楽で作られた。作ったのはクラスの担任だった。学校の教師というものは、家に帰ればテストを作成する気にならない。彼にとっては児童は商売道具で、自分が 育てるものとは思えなかった。金は働いてたらもうけられるし、時間もあるし、それでぼっちを作ったのだ。まったくの趣味だった。
趣味だったからこそ、精巧な非リアができたのだ。空気そっくりの存在感で、見分けがつかなかった。むしろ、見たところでは、そのへんの窒素以上にちがいない。
しかし、心は空っぽに近かった。彼もそこまでは手がまわらない。簡単な受け答えが辛うじてできるだけだし、動作のほうも、登下校をするだけだった。
彼は、それが出来上がると、クラスにおいた。そのクラスにはリア充のグループもあったけれど、ぼっちはそれの外におかれた。ぼろを出しては困るからだった。
同級生は新しい生徒が入ったので、いちおう声をかけた。名前と年齢を聞かれた時だけはちゃんと答えたが、あとはだめだった。それでも、コミュ障と気がつくものはいなかった。
「名前は」
「えっあ、えと……ボッチちゃん」
「としは」
「あ、まままだ若い」
「いくつなんだい」
「あ、えと……まだ若い」
「だからさ……」
「ま、まだ若い」
このクラスの生徒は他人に関心がないのが多いので、誰もこれ以上は聞かなかった。
「きれいな制服だね」
「えとえっあ」
「なにが好きなんだい」
「お、あ、お俺は、えっあ……」
「昼飯一緒に食うかい」
「えと、じゃあ、はい、はい……あの……あ、えっと」
飯はいくらでも食った、その上、動かなかった。
コミュ障でブサイクで、おどおどしていて、答えがそっけない。他クラスの生徒は聞き伝えてこのクラスに集まった。ボッチちゃんを相手に話をし、イジり、ボッチちゃんを嘲笑った。
「クラスのなかで、誰が好きだい」
「えと、いや、別に、あ、えとえあっ」
「僕を好きかい」
「えっと、あ……え?」
「こんど映画でもいかね」
「えっ? ほんt……いや、ちょまってあの」
「いつにしよう」
答えられない時には信号が伝わって、担任が飛んでくる。
「〇〇、あんまりからかっちゃあ、いかんよ(笑)」 と言えば、たいていつじつまがあって、リア充は苦笑いして話をやめる。
担任は時々しゃがんで、足のほうのぼっちのカバンからお金を回収し、同僚と飲んだ。
だが、同僚は気づかなかった。若いのに暗い子だ。べたべたしてるし、食っても動かない。そんなわけで、ますますキモがられて、遠くから見るものが多くなった。
そのなかに、ひとりのDQNがいた。ボッチちゃんに熱をあげ、いじめていたが、いつも、もう少しという感じで、嗜虐心はかえって高まっていった。そのため、グループでの会話がたまってゲーセンに通い、とうとう家の金を持ち出そうとして、父親にこっぴどく怒られてしまったのだ。
「もう二度とぼっちに構うな。この金を払ってこい。だが、これで終わりだぞ」
DQNは、その支払いに学校に来た。今晩で終りと思って、自分でも飲んだし、お別れのしるしといって、ボッチちゃんにもたくさん飲ませた。
「もう来られねえわ」
「あ、えと、そう……いやえっと」
「悲しい?」
「いやあの……えっと……悲しい」
「本当はそうじゃねえ癖に」
「あ、いや、えと」
「お前みたいな冷たいやつはいねえな」
「いや、え? その、あ」
「殺すぞ」
「え? いやいやいや、えっとあ、あ、あの」
DQNはポケットから強力な下薬の包みを出して、グラスに入れ、ボッチちゃんの前に押しやった。
「飲めよ」
「え、あ、はい、いや、え? ちょま……」
DQNたちの見ている前で、ボッチちゃんは飲んだ。
DQNは「勝手に死ねよ(笑)」と言い、「えと、え? いやあの、えちょっとさっきの薬」の声を背に、担任に進路のプリントを渡して、そとに出た。太陽は照っていた。
担任はDQNがドアから出ると、残った生徒に声をかけた。
「今から、ぼっちをイジりますから、みなさん大いに笑ってください」
イジりますといっても、ぼっちの金で飲んでることを知ってる同僚以外は、もう来そうもないからだった。
「わーい」
「いいぞ、いいぞ」
生徒も副担任も、笑いあった。担任も教卓のなかで、携帯を取り出して2ちゃんねるにぼっちちゃんのことを書き込んだ。
その夜、クラスはおそくまで灯がついていた。校内は下校の音楽をながし続けていた。しかし、全員早退したのに、ウンコの匂いだけは漂っていた。
そのうち校内放送も「さようなら」と言って、音を出すのをやめた。ボッチちゃんは「はあ…………転校しなきゃ」と呟いて、次は誰が俺のウンコを発見してくれるかしらと、青白い顔で待っていた。