阪神タイガースの選手一覧

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阪神タイガースの選手一覧は、阪神タイガースに所属している選手・監督・コーチ・スタッフの一覧である。

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首脳陣[編集]

金本知憲(6)
第33代監督。現役時代からのあだ名は「アニキ」。念のため言っておくがホモではない。
現役時代は広島カープ時代から強打者だったが、もう既にカープ時代を覚えてる阪神ファンはおろか、広島ファンすら少ない。
片岡篤史(81)
打撃コーチ。2010~2012年以来、4年ぶりに就任。実家は檜風呂、ではないらしい。
以前コーチを務めた時には、チームを異常なほどの打高投低状態にしてしまった。今度はほどほどに打てるチームにしてほしいものである。
濱中治(79)
打撃コーチ。
現役時代は大打者への片鱗を見せながらも怪我で不完全燃焼に終わる。
金村暁(73)
投手コーチ
元、ファイターズのエースだったが監督にハムかって退団。阪神へと移籍するがいまいちで引退。
矢野輝弘
二軍監督。
掛布が金本とそりが合わなかったため、バッテリーコーチだったのに嫌々就任。実力は未知数。

主な選手[編集]

投手[編集]

榎田大樹(13)
1年目からリリーフでフル回転している左腕。現在のリリーフ陣ではかなり頼りになり、コバロリ久保田が共倒れした時にはセットアッパーまでこなす。松山の悲劇の共犯者。酷使が心配されたので2013年からは先発転向。伝統・無援護の風格を早くも漂わせている。エネオスで働いている。バレンティンに日本記録更新のメモリアルアーチをぶち込まれ、悪い意味で歴史に名を残すことになってしまう。2014年は全く振るわず。すっかり輝きは失せてしまった。
能見篤史(14)
虎の若旦那。阪神選手会副会長。2009年、安芸の道具入れの中で大切な何かを掴み、やっと才能開花するも、翌年ケガ。しかし、復帰後の活躍はなかなかのもの。2011年は勝ったり負けたりを繰り返し、悪い意味で阪神のエースらしくなった。巨人にはやたら強いのでファンからの人気は高いが、最近は巨人相手でも全く勝てなくなってしまっている。それもあってか一部の同僚からは嫌われている模様。でもエースです。何があってもエースなんです。2013年、飛ぶボールとかは置いといてプロ初ホームランを放つ。
安藤優也(16)
右のエースの名を久保康友に譲った。先発を外され、リリーフまで失敗ばかり。挙句トラキチには出てきただけで大ブーイングを食らう始末。来シーズンより「不安藤」と改名予定。懺悔で五厘刈りの刑を受ける。2012年は好調でローテに返り咲いたが、無援護地獄の真っ只中にいる。結局シーズンの大半を二軍で過ごす。さすがにもう限界か……?なのに2013年はなぜかセットアッパーに抜擢された。何故だ……?しかも不思議なことにけっこう機能している。わけがわからないよ。14年もなぜか勝ちパターンの中継ぎとして貢献。
藤浪晋太郎(19)
浪速のダルビッシュ。球団のドラ1競合12連敗の末に和田監督がガッツポーズして獲った。大阪出身だが幼少時代は父の影響で巨人ファンだった。そういや能見も……。趣味は読書。得意科目は英語で、小さい頃から英語教室に通い中学3年で英語検定準2級を取得したメジャー行きが危うい奴。阪神一の身長と体重を誇るメッセンジャーより1cm小さいだけで体重は34kgも差がある。鳥谷と良太に「晋ちゃん」という渾名を付けられた。2013年はまだまだ荒削りな点は目立ったが、10勝とおおよそ期待には応えた。2年目の2014年も、好不調の波は激しかったが昨年を上回る11勝。最近殺人マシーン化しているのが心配です。2017年シーズンは畠山の頭にぶつけてバレンティンの突き飛ばしと金本の飛び蹴りを呼んだ。あとなんかあったっけ、
岩田稔(21)
阪神選手会会計。杉内と師弟関係を持つ。糖尿病をわずらいながら活躍する姿は患者の星。怪我ばかり。虎版斉藤和巳……ではない。2011年の5月5日に578日ぶりの勝利を東京ドームでの巨人戦で飾る。ただ無援護がひどすぎて、13敗もしてしまった持ってない男。2012年も絶賛、いや凄惨無援護中。もはや呪いの域である。なお交流戦成績は良かった。パリーグ行けば……。顔がココリコ遠藤章造と何気に似ている。結婚式にも遠藤が来た。元高校球児にして吉本屈指の虎キチ芸人である遠藤本人も「弟」と認めているほどだとか。大阪桐蔭出身の選手の中で一番忘れられる存在。
2014にはチームのローテの柱として復活。しかし、相変わらず野手には嫌われているようで勝ち星には恵まれないでいる。
藤川球児(22)
元プロ野球選手会副会長且つ投手キャプテン。アンチ能見サン二世。2000年代を代表する守護神。決して、2010年代を代表するとは言ってない。しかし阪神が優勝したらメジャーに行くつもり、だから阪神が優勝しない。毎年シーズン終盤(特にメモリアル試合の類)にはおくりびとも兼務しており、実際どんでんや矢野輝弘にも阪神ファンにはトラウマになる形で引導を渡している。 2012年オフにはシカゴへ。そして無事阪神へカムバック。一時期先発だったけど中継ぎに戻った。火の玉ストレートはどこへ...って感じだったがなんだかんだで2017年シーズンは50試合登板している。
高宮和也(34)
いつのまにか平野の人的保障で来ていた選手。かつてはリーゼントにノーコンピッチャーだと思われていたが、実はうなぎ犬キラーであった。そこそこ使えるがたまに水差し野郎と化する時がある。
秋山拓巳(46)
2010年初秋、とても首位争いをしているとは思えないほどガタガタ状態だった投手陣を救うため突如颯爽と現れた救世主。愛称はアッキャマン。毎回、登板時に「誰だ、誰だ、誰だ~」という歌を流しているが、テレビ観戦の阪神ファンは聞けない。2011年はなぜか激しく干されており、1軍どころか2軍でもろくに登板させてもらっていない。このまま埋もれなければいいが……。打撃はかつてのムーアを髣髴させるほど良いので、思い切って野手転向した方がいいかもしれない。2013年は先発の谷間の時だけ一軍に上がり、結果関係なく投げた翌日二軍に帰るという不憫な起用法をされている。2014年こそはローテに定着して欲しいが叶わなかった。野手転向か首かの瀬戸際。と思ったら2017年シーズンは二桁勝利。
ランディ・メッセンジャー(54)
正式にはランドール・ジェローム・メッセンジャー。巨人戦では東京ドームとは言え、あと数cmでHRになった。「ムーアの再来」とファンの間で囁かれたが、その後特にバッティングで目立つことはなかった。2010年はイマイチ勝ち星が伸びなかったが2011年に統一球がよっぽど性に合ったらしく、不動のローテ投手となった。金本の引退試合で自身の2年連続2桁勝利を賭け自らタイムリーツーベースを打った。ラーメン大好き。
松田遼馬(56)
突然ひょっこり一軍に顔を出した直球王子。あり得ないほど伸びの良いストレートと毛がボーボーに生えた心臓で好リリーフを連発するも、アイムチョーノに痛いプロの洗礼を喰らう。

捕手[編集]

梅野隆太郎(44)
無事正捕手になった若手代表。なぜかさらに年下にポジション奪われそう。2017年シーズンに覚醒して盗塁阻止率リーグ第二位に。
小豆畑眞也(52)
苗字は「あずはた」と読む。即ちあずにゃん
岡崎太一(57)
幕田のコーロボクラッシャーを食らうも無事。しかしそろそろ一軍ベンチに定着しないと首が危ない。鶴岡まで来られちゃもう諦めるしか・・・?とか思ったらなぜか鶴岡が先にどっかいく。しぶとい。
小宮山慎二(59)
若い喜劇役者。高卒とは言えど実は鳥谷と同期。代表作に松山の喜劇があるが、そのあまりの出来の悪さに達川さんを激怒させてしまった。ボールをポロポロこぼす。イップスに成りつつある。「ARAKAKI」に続く「KOMIYAMA」。他にも東京ドームでスクイズ失敗後に逆転されるなど、むしろ『(勝ち運を)持ってない』申し子。ただ、スリーバントの構えからバスターヒットで西岡のサヨナラを呼び込む等それなりの運の持ち主。
原口文仁(94)
ずっと育成で燻っていたが、2016年に金本に見つけられ一軍に上がるとバンバン活躍し、育成出身の選手初の月間MVPを獲得。ただ、肩が致命的に弱いので一塁にコンバートかも。

内野手[編集]

上本博紀(00)
阪神選手会会計。2014年に会長にランクアップ。WIN5の一人。リーサルウエポンかは知らん。凄い男前。しかしどう考えても阪神に合わない。女性ファンと意味の分からん信者が異様に多い。まあそうだろう。あの細い体で実はホームランバッター。一塁方向の守備はいいが二塁方向の守備はアレ。全体的にエラーが多い。うっかりプレーの多いチームで賢そうな野球をする。問題は守備での精度。やはり色んな意味で坂本と堂林タイプである。腐女子のお姉さま方々から「見させろ」とか「そのまま切り落としちゃえ」とか何やらかんやら。2013年はミネソタ帰りのチャラ男TSUTAYAさんのせいでかなり出番が減ることが懸念されている。狩野の二の舞になる嫌な予感がする・・・…。赤い激貧球団に弟がいる。
大和(0)
WIN5の一人。2010年にやっと目立ってくる。また、彼のテーマ曲も某宇宙戦艦のOPである。ヤマトの部分だけみんな歌う。足は速いがワープは出来ない。内野手なのに2012年から外野出場がほとんど。アンサイクロペディアンからも外野手認定されていた。しかし本当に器用で本業の彼らよりも上手いのは内緒である。鳥谷の愛弟子で「自分が捕れないボールも大和なら捕れる(ショート)」とお墨付きである。
鳥谷敬(1)
守備位置はショートとレフトの間であるショフト。安田大サーカス団長、大沢たかお、さらに外国人投手通訳の永田さんが本体という説がある。鳥谷自身も眼鏡を掛けたらペ・ヨンジュン、眼鏡を取ったら大沢たかお、と話していた。また、夜の三冠王とも呼ばれる。シーズン打率がどうしても3割を超えられない呪いにかかっている。しかし、ついに2010年シーズン打率.302となんとか壁を越えた。翌2011年も3割ジャストの結果を残し、どうやら呪いは解けたようだ。2012年は四球王を目指した。目標通り2位と20個ぐらい差をつけて四球王に輝いた。しかし毎年恒例(になりそうな)出塁率王には輝い…………………お察し下さい2012年オフにFA移籍も囁かれたが、結局残留。しかし14年オフに出て行く気満々である。まあ仕方ないが。以前から無表情だったが、金塊がアメリカ旅行から帰国してきたことで段々と表情豊かになっている。球界の平凡王。2016年に連続試合フルイニング出場が止まり打撃も振るわなかったが、2017年は嘘のような大活躍。ただ、守備は下手になったのでサード出場に。
西岡剛(5)
ミネソタあたりから逃げてきたチャラ男。風の噂では昔は千葉あたりでバリバリやっていたようだが、さすがにジョージの後なので期待と不安半々であった。激太り、写真写りの悪さ等からオワコン感が半端なかったが今ではマジ戦力。不安なのは守備。でも新井さんにファインプレーを少し消されてる感はある。
2014年開幕早々に、ファックさんに全力タックルをかまされ生死の境を彷徨う。復帰したものの、2014年の最後は線犯として名を刻む。まさに山あり谷ありとはこのこと。
ケガ率が高すぎて一年通して活躍したシーズンが思い浮かばない。
新井良太(32)
粗井さんの弟。兄と違い、どうもパッとしない成績を続け、中日からイケメンとの入れ替えで追い出される。中日大島野本とは駒澤大学で先輩後輩だった。オープン戦でホームランを打ってみたらとそっくりだとみんなに言われる。実際スイングも、打った後のバットの戻しも、どや顔さえ瓜二つだった。2012年は兄より活躍し、4番打者。誰が開幕当初スタメンは疎か兄を押しのけ四番に座ることを予想しただろうか。新井家の血筋なのか7/29までホームラン打った日は勝てませんでした。期待の若手(29歳)と言われている。外野も守ります。こういう系統が何人かいる。2013年の登録名は「こっちが本物の粗い」となる予定。まあ結局どっちも粗かったというオチでまとめられる。というか、2015年に兄がどの面下げてか故郷の赤い土地に帰る予定なので、本当に「本物の粗い」となってしまいました。
坂克彦(35)
実は近鉄戦士。2005年当時の田尾さんから、3年後を期待された人。なお金本に憧れすぎて真っ向から反抗した。その後は誰も気にしないと思ってたらたまに出てお察し下さい。もみあげが雑草魂並みである。内野手だが外野もこなすユーティリティープレイヤー。意外と上手い。阪神ファンに「生え抜き」と産地偽装される選手。
今成亮太(49)
マッケンジーと男前がスペったため2012年に急遽脱北させてきた踊り子。打撃方捕手。連敗脱出後の試合で涙を流して一躍猛虎魂を感じられてしまう。親父は敏腕スカウトでタバコッシュを引き入れた事もある。なお2013年は藤井、日高の好調のせいで捕手登録のまま外野や一塁に回される日々。さらに2014年にはサードに挑戦。ある意味便利屋である。しかし打つので出番は多くファンはもう彼が捕手であることをほとんど忘れている。甲子園の芝生の上で寝たことがある。

外野手[編集]

糸井嘉男(7)
まさかのFAで阪神へ。ダルビッシュも惚れ惚れする筋肉。規格外の身体能力を持つ恐ろしい男。頭の中もモチ規格外。多数の伝説を持つ超人。
(例:ソフトバンク戦後に、「ソフトバンクの勝敗はどうでした?」と同僚に聞く。など)
福留孝介(8)
野手キャプテン。ご存知ファックドームさん。別名「銭留」。背番号8を剥奪したけどぶっちゃけ阪神の8は呪われてる。メジャーでやっぱりダメで逃げ帰ってきたが、自慢の銭闘能力を発揮し散々ゴネた後結局阪神へ。満塁サヨナラホームランも放ち、ナゴヤドーム対策の鍵になるかも……?とか思ってたらシーズン絶望の怪我。
高山俊(9)
監督の独断で指名されたドラ1。真中が外れくじでガッツポしたもんだから一瞬ヤクルトに持ってかれかけたが無事訂正。そんな背景もありますが本人はどこ吹く風で打撃だけで新人王獲得。2年目のシーズンにレギュラーさえ取れない。若さや身体能力の良さやバックホームの素晴らしさなどを悪い方に打ち消してあまりある打球判断の持ち主。守備練習をサボっているらしい。2年目は結局空気だった。
江越大賀(25)
一言でいうと、(5ツールプレイヤー)-(ミート力)。
当たらない。ほんっとーーにバットにボールが当たらない。ちなみにかすっただけでフェン直二塁打のパワーを持つ。しかしそのパワーを発揮するのは年数回。惜しい才能だ…
スイッチヒッター挑戦中。大和の奇跡よ再び。
伊藤隼太(51)
大和、秋山に続くSF枠第三弾、ウルトラマンハヤタ隊員。まだ変身は出来ないのでやっぱり即戦力は無理だったが、プロ入り1号が満塁弾。これが最後のホームランになりませんように……。最近性格の悪さが囁かれる。借金コーチのおかげで打撃開眼なるか?守備につかせることが既にリスク。
中谷将大(60)
若手の長距離砲枠。金本のお気に入りで、せっせと使われ続けたら2017年は本塁打数チームトップに。
俊介(68)
WIN5の一人。2010年に入団してから今まで全て開幕一軍。最初の方はあの糞細い体でホームランも打ってたけど今は無理。守備も結構上手い。うっかり手負いの鉄人にとどめを刺す。GJ。実は連続試合出場記録だけではなく連続試合フルイニング出場記録を止めちゃったきっかけも俊介。連続試合出場記録が途絶えたのが衝撃的過ぎたりあまりみんなが知らなかったところを金本のブログで暴露された。最初の登録名は藤川だったものの、藤川球児とフロントからの威圧で俊介に変換。苗字被りって恐ろしい。登録名変更後の成績がアレなだけ、余計に。背番号7をミネソタのバカンスから帰ってきた人に譲り、球団が用意した背番号40をなぜか拒否し68に。40は本人にとってよっぽど縁起の悪い数字だったのだろうか……?塩谷……。
狩野恵輔(99)
2009年ようやく正捕手の座を掴んだ。……と思ったら2010年ジョージ加入のせいであっという間に失脚。外野手で使われたりと中途半端な扱いを受けすっかり意気消沈。不毛なシーズンを送ってしまった。その後腰をやってしまい座れなくなったため外野手専門に。2012年、一軍に復活し久しぶりにホームランを打って大好きな能見さんや鳥谷とニコニコ。やったね。と思ったらヘルニアで二軍落ち。と思ったら育成落ち。その後なんとか支配下登録に戻ったが、一軍への道は遠い。

かつて在籍していた選手、または監督[編集]

1980年代[編集]

吉田義男
日本一になった時の第23代監督(第18代・27代監督でもある)。吉本甲子園支部社長。但しその2年後はお察し下さい解説もやっているが、口癖は「ここからですよ!!」
川藤幸三
阪神で野球ができるなら給料は要らないと言った球界の春団治。代打の切り札で空振りの時にもベンチウォーマーの時でも闘争心を失わなかった野次将軍。虎の中の虎。日本一になった時のチームリーダーであり現在阪神OB会会長。野球解説者としてはぜっこうちょー男がまともな解説者に思えるほどのアレだが、それも本人の個性ということで割り切れば彼の解説はおもしろい。
ランディ・バース
80年代はおろか、球団歴代でも最高の。現在でも崇拝する人は多い。
掛布雅之
バース掛布岡田の一角。岡田に遅れること10年以上してようやく二軍監督になったが、後輩の金本とそりが合わず二年で退団。
岡田彰布
日本一の時の5番打者。2000年代の第30代監督でもある。ドラフトでのくじ運は異常に悪い。正直なんて言ってんのか分からない。阪神監督の後はオリックス監督も務めたが、こちらも辞任。「どん語」という一般人では理解の難しい言語を話す。
真弓明信
日本一の時の1番打者。どんでんの後継、第31代監督でもある。采配ぶりはお察し下さいにも関わらず、フロントからは異様なほど信頼されていた。しかしファンの猛抗議により泣く泣く解任。マジいい人だったみたいなので、だから監督には向いてなかったんだね(ニッコリ)
仲田幸司
通称マイク。ノーコン左腕一号。何の間違いか1992年だけ人が変わったような大活躍。FAで千葉に行ってそのまま燃えつきた。
猪俣隆
ノーコン左腕二号。引退後なぜかアメリカで寿司職人という二重に意味不明な謎の第二の人生を送っている。
マット・キーオ
「ちょっと待っとキーオ」が関西で流行語に。暗黒時代のローテを一人で支えた名投手だが、ある巨人の若手の未来を狂わせてしまっている。

1990年代[編集]

亀山努
黒ぶち眼鏡とヘッドスライディングが名物の外野手。実質的には1992年のみの一発屋。フロントともめて引退後激太りしてファンを驚かせる。
トーマス・オマリー
暗黒時代を代表する主砲。CDデビューのために来日した。引退後スカウトになるが、クソ外国人ばかり連れて来てチームにえらい迷惑をかけた。ヒーローインタビューで外人選手がカタコトの日本語を叫ぶのはこの人が元祖。高年俸をネックにヤクルトに放出され、盛大に古巣から打ちまくり憂さ晴らし。
野村克也
第28代監督。2000年代の主力選手獲得に貢献。就任1年目に一瞬首位に立った時に、自分の純金像を発売するという正気の沙汰とは思えないことをした。
松永浩美
暗黒時代における最大の敵。「甲子園は子供の砂場」発言でお馴染み。歴史的に見りゃ後から甲子園にやって来たのは阪神の方だから正しいっちゃ正しいが。
マイク・グリーンウェル
暗黒時代における最大の敵その2。やたら高い年俸を持ち逃げした、球団史上どころか日本球界史上屈指の詐欺師である。
新庄剛志
色物スター選手。誰にも出来ないことは出来るが当たり前のことが出来ない。唐突にメジャーへ行き、唐突に日ハムに復帰し、それなりに活躍してこれまた唐突に辞める。今は唐突にモトクロスを行い、唐突にテレビに出る程度。
坪井智哉
通称偽イチロー。イチローとは打法が似ており、同級生でもある。北海道で代打の神様ほどではないが、そこそこ活躍していた。オリックスに移籍が決まり、さらにファンファーレが歌いづらくなる。
ロブ・ディアー
振るべし、振るべし。空振りするように振るべし。ヒット?なにそれ美味しいの?なお、この人もオマリーの紹介で阪神に来た。この頃から迷スカウトの片鱗が・・・。
ケビン・マース
神に苗字が似てるだけの理由で連れて来られた外人。当たり前だが実力は神の足元にも及ばず。
平塚克洋
ウメさん。無論本職は寿司職人。自慢のアゴを振り回しよく打った。
久慈照嘉
9時の男。ちっちゃくて守備が上手いが打撃はいまいち。中日ではテルと改名したが、GLAYに憧れていたのだろうか?
伊藤敦規
いわずと知れた中継ぎ課課長。リードしててもされてても勤勉に出勤、いや登板しきっちり仕事をする頼れる課長だった。

2000年代[編集]

星野仙一
第29代監督。頻繁に拉致活動を行わせる。実はそんなに名将でもない。北京は黒歴史。阪神の監督を辞めてシニアディレクターとかいうよくわからない役職についていたが、2010年オフに楽天に引き抜かれる。年食ったせいで丸くなったのか、杜の都ではただの好々爺である。
井川慶
アニヲタでかつサッカーと将棋が大好き。2003年優勝時のエース。メジャー移籍という無謀な大望を抱いてからは、雑念だらけ、注意力散漫という投球で、観る者に不快感を与えていた。メジャーに行ったら行ったでオーナーに嫌われマイナーで飼い殺される日々。今や存在すらすっかり忘れられている。しかし本人はそれでも憧れだったアメリカ生活を満喫してるらしい。と思ったら、いつのまにやら、オリックスにいるみたい。おい、アメリカで骨をうずめるんじゃなかったのかい?
トレイ・ムーア
打てる投手。投手としてもよく働いたがどう考えても野手として採った方が良かった。後にオリックスへ移籍。DH制でほとんど打席に立てないせいでストレスが溜まったのか、活躍できず帰国。現在は少年野球チームの打撃コーチを務めている。
ライアン・ボーグルソン
オリックスに移籍。嫁がすごい美人だった。帰国後メジャーでまさかの大ブレイク。現在も巨人じゃない方のジャイアンツのローテでバリバリ投げている。
藤田太陽
2000年のドラフト1位で阪神に入団してきたハズレの人。シドニーオリンピックの代表候補として選ばれるなど一時期は期待されたが太陽みたく輝……かなかった。水田圭介埼玉西武ライオンズに強制交換され、なぜか燦然と輝く。交換要員を間違えられた人。ところが元北の王者に危険球当てた後はお察し下さい。戦力外を経て今はヤクルトにいるらしい。でも、やっぱりお察し下さい
野口寿浩
FAで横浜に移籍した。活躍は……あれ、横須賀?戦力外ヤクルト、日ハム、阪神、横浜と4球団を渡り歩いて二番手捕手を務めた。
マイク・キンケード
死球職人。ポコポコ当たってファンを大いに笑わせた。ただ打撃自体は笑えない成績。
アンディ・シーツ
守備も打撃もまさに先生と呼ぶべき模範的な活躍。スカウトとしても有能。コンラッドの件はビデオを2分見ただけで決めた負広が悪い。過去、ティモシー・ダルトンのソックリさんとして007シリーズに出演した。
片岡篤史
おっぱい星人。移籍初年度の02年はイマイチで期待を裏切ったものの03年以降は持ち直し、頼れるベテランとして貢献。
エステバン・ジャン
エステジャパンではない。2億6000万円で来日し活躍か?と思いきやボーク連発。日本記録まで作ってしまった。それでも6勝した。
ルー・フォード
いつものダメ害人。カレールーのほうがいくらか価値がある。リーマンショックでフォードが潰れかけたのをある意味予言していたのかもしれない。
広澤克実
インハイに……インハイに……外だ……だめだよぉ……だめぇ……だめだよぉ……だめぇ……だめだよそれは……だめよ……これは……配球ミスですよ
金満巨人に振り回され身も心もボロ雑巾状態で捨てられた所をかつての師であるツンデレが拾い、復活。六甲おろしの熱唱で元巨人のイメージを払拭した。こいつが解説する試合は何かと起こる。阪神にとって嫌なことが。
今岡誠
広島カープ東出ドッペルゲンガー。星野監督曰く世界一足の遅いトップバッター。02~05年に狂ったようにヒットと打点を重ね、その後沈黙。首になり千葉に拾われたが、やっぱりもうダメみたい。結局2012年に引退しました。今は、野球解説者をやっております。
ケビン・メンチ
例にもれずダメ害人。本名はメンチカツ。でも別にゲンがいいわけでもないので勝てなかった。
赤星憲広
入ってねーんだよこの野郎!女性ファンにうしろ髪切られ隊。ドクターストップを宣告され、2009年に電撃引退。どんでんのタンパリング勧誘でオリックスに入る騒動で問題に。結局解説者になったが、広澤同様解説した試合は嫌なことがよく起こりがち。
藤本敦士
鳥谷に追い出され、困っているところを燕に拾われ、FA浪人にならずに済んだ。代打や守備固めで地味ながらよく働いている。阪神戦では異様なほど打つ。愛称はフジモンだが別に顔はでかくない。し、身長もない。金本のいじられ役だったけど今はそのまま別の小さい人|に継承されている。追い出されたんだけど、引退後は立派に虎OBとして阪神に貢献している。どうやら燕時代はなかったことにしたいみたい2015年から2軍守備走塁コーチに就任
スコット・アッチソン
家族の為に帰国。メジャーで活躍したので結局こっちした。
ジェフ・ウィリアムス
ジェフ、きみが帰ったらぶるぺんががらんとしちゃったよ。でも、すぐになれると思う。だから、心配するなよジェフ。
田中秀太
阪神入団当初はスタメンをつかんで順調だったが藤本の加入でレギュラー落ちする。そのあとは守備・代走要員となる。2005年~2008年まで打率.000と言う偉大な記録を成し遂げた。引退試合(二軍)はローカルニュースとマニアックなファン達が来た。現在は故郷九州担当のスカウト。あなたのおかげで阪神の3分の1近くの選手が九州出身です。まあ、当たりが多いからいいんだけどね。
アーロム・バルディリス
どんでんの後を追ってオリックスに移籍。阪神時代は守備が良かったが、オリックス移籍後はエラー多発するやっかいな人。でも結構打ってるので解雇は勿体無かった。
水田圭介
太陽とのトレードで、赤とんぼを獲得したはずなのに、間違って来た人。どう考えても発送ミスなのになぜか返品しなかった。2010年オフ、中日の粗井弟とトレードされる。守備がちょっと上手いくらいで基本的にどうでもいい選手。でもイケメン。今はヤクルトにいるらしい。で、阪神相手にホームランを打った。
吉野誠
濱中治と共に牛球団へトレード。のんびりまったり一軍で暮らしている。呼ばれてマウンドに出てきたらウグイス嬢が言うのは小林雅。吉野はあわててベンチに話を聞きにいくとやっぱり小林だったという吉野は何も悪くない恥ずかしい事件があった。そういやお菓子球団南昌輝も同じような事件が……。引退後はスカウトに。
濱中治
怪我が多いせいで吉野誠と共に牛球団へトレード。その後色々あってヤクルトに移籍。しかし活躍できず引退表明。やっぱり何だかんだ阪神にいたら主砲になれたかもしれないのに……。でも、そこそこ活躍したし、関西の地元の選手ってことでタニマチの圧力もあったのか引退後は解説者として活躍し、2015年からは阪神のコーチに。リアルに充実した引退後の生活を送っている。引退後はやっぱり虎OBとして活躍しており、牛球団に関わることはないのはお察しください。15年から2軍打撃コーチに就任。
江草仁貴
免許を持っていなかった渡辺を車で送り迎えするほどの仲。阪神時代、JFKの陰で「右の渡辺・左の江草」として阪神を支えていた。が、よかったのは一時期だけで、2011年のシーズン中に、黒瀬春樹とのトレードでに移籍。だけど、今は故郷にある若鯉育成施設にいるみたい。実際本当に広島ファンなんだってさ。2012年にはバレーの竹下佳江と結婚。リア充じゃん。だがしかしリリーフした投手のランナーだけを返し、自分のランナーは絶対返さないという燃えグセは何をしても変わらない。
上園啓史
いわゆる一発屋。ジャイロボーラー。帽子の下の問題にケリをつけるため、帽子に毛が書いてある球団に行くんだって。
阿部健太
「岩隈2世」と呼ばれた。そして近鉄最後の敗戦投手。ちなみに最後の勝利投手は巨人の旧高木牛球団からアゴと一緒に阪神へトレード。このトレードの四人の中では地味だがちゃんと成績は残した。それからヤクルトにいって2012年開幕一軍を勝ち取った。そして2014年を最後に引退するも、なぜか現役復帰したりしている。
若竹竜士
2010年、1軍昇格するも、毎回失点。2012年の一軍登板では良いピッチングを見せたのだが、日ハムから今成とトレードされた。
金村暁
日本ハム時代にはエースだったが監督ハムかって退団。その後拾われるも、1勝しかできず、戦力外通告。今どっかの解説者稼業だっけ?

2010年代以降[編集]

城島健司
シアトルから逃げてきた田舎育ちのゴリラ。調子に乗って自身の人形を売りだした。……がそれなりの結果を残しているので文句が言えないが、シーズン後には膝が爆発していた事が発覚。奇跡的?な回復の速さで2011年の開幕に間に合ったが、攻守ともに昨年の活躍は何だったのかという酷いプレーをこれでもかと見せつけ、結局まったく治ってないのにやせ我慢をしていただけということが発覚。アメリカの病院に逆戻りとなった。内野転向し一塁を追い出され外野守備を練習させられてるブラちゃんにとっては迷惑千万、とんだ災難であると思ったら、今度は腰が爆発しちゃってたことが判明し、またまた病院生活に逆戻り。治って2軍に合流して、実戦復帰と思ったら、早速膝が爆発してしまってまたまたまた病院に逆戻り。まさにプロリハビスト。この年俸でこの有様ではさすがに「不良債権」と叩かれいくら厚顔無恥な彼でもとうとう逃げ出して引退。
今は、「佐世保の城島さん」として釣りに明け暮れる毎日だそうだ。
平野恵一
SOS団甲子園支部長。決して、あの人ではない。どろんこ王子らしい。幕張で死にかける。しかし復活。カムバック賞を受賞。浅井と高校三年間同級生で自分がオリックスからトレードされたため運命的な再会を果たす。詳しくは浅井欄。藤本がいなくなった後の金本のストレス発散場所。引退ドッキリを仕掛けられたり愛車にコーヒーをぶちまけられたりと散々である。そのストレスをもちろん自分よりも背の高い若手達にぶつけまくる。一塁へのヘッドスライディングは新幹線の様。アゴがね。守備でやたら飛ぶ。足りない身長の分飛ぶ。空中技の天才。上手いです。外野も守ります。でも魔送球は治らない。2012年になって頑張りが空回りし、ヤル気度は低落。それについて言い訳。審判のせい、鳥谷のせい、マートンのせい、さらに指示無視送球。←まあ全部間違ってないとも言えなくもないけどね。そこへFA権を取得したせいか、段々と畜生の気配が漂い始めている。さらに原監督率いる巨人サイドからの猛烈な引っ張りが見られるため巨人入りが濃厚かと思われている。が、巨人ファンにしろ阪神ファンにしろ移籍については余り考えたくない事である。ちなみに決勝打エラーが12球団1。そんなこんなで終盤位から「真弓さんの方が良かった」発言が和田に効いたのか干され気味。まあ今まで1年ごとに変わっていた監督から初の連続監督だったし……。金本の引退試合で、金本にビンタされた回数が新井兄よりも多いのに、もうこの二人がアレなので少しも話題にされない。12年オフにFA宣言するが、年内連絡なし、つば九郎に煽られるという屈辱を味わう。結局古巣に復帰した。
蕭一傑
しょういっけつと読む。ドラ1なのにさっぱり育つ見込みがなくたった4年で匙を投げられ戦力外。今は鷹に拾われて頑張ってはいる。
久保康友
2010年、負傷者続出の先発陣で半ば成り行きで阪神のエースとなる。しかしエースと言うには防御率が若干物足りない感は否めない。2011年は自身が登板時にスタメンに肩がぽぽぽぽーんな人を使わないよう首脳陣に直訴したとも言われるが真偽は不明。投手コーチと名前が紛らわしいのでイニシャルどおりに『K Y』という登録名にした方がいいと言われていたが、久保投手コーチは2011年限りで辞めたので問題なくなった。2012年はリリーフ転向で久保田→久保というややこしい継投が見られるであろう。と思いきや結局先発復帰。彼に限ったことではないが無援護にも程がある。2013年、今度は本当に守護神に。しかし、シーズンが進むにつれ守護神とは言えぬ成績になり二軍落ち。オフにFAで横浜DeNAに。ファンや在阪マスコミは大騒ぎになっているが、ぶっちゃけそこまで重大な損失でもない。
ジェイソン・スタンリッジ
正式にはジェイソン・ウェイン・スタンリッジ。SB時代の登録名はジェイソン・スタンドリッジ。甲子園ではスタンとリッジに分けて表示される。別名、夜の帝王。ああいう意味じゃないが。2010年途中に来日しまさに救世主となった。2011年も夏までは大活躍だったが夏以降急失速。メッセにチーム勝ち頭を奪われる。現在の阪神投手陣で最もムエンゴ病が重症。2013年オフに韓国産球児獲得のため、あえなく退団。古巣(鷹ファンすらほとんど覚えていないが)の鷹に復帰。
浅井良
解説者から「ボール球を振り過ぎ」と言われる。期間限定外野手を製造した立役者。高校時代は捕手だったが下手過ぎて途中から投手に変更。楽天川岸強に替わってエースとして働いていました。阪神でも下手過ぎて捕手やめたけどまた捕手出来るくらいにはなったらしいよ。でも江草とは相性が良かったらしい。大学の先輩でバッテリーを組んでいた安藤と同期入団となり、再びチームメイトとなった。阪神では珍しく応援歌が格好良いことには定評がある。平野と高校三年間同じクラスで平野がオリックスからトレードされたため運命的な再開を果たす。その平野と守備で交錯し平野の全体重が首に掛かり何だか大変そうな担架で運ばれたものの病院では笑顔を見せ、日は空いていたが次の試合から普通にベンチ入りしているというタフな体を持つ。2013年から福留に背番号を剥奪……と思いきやオリックスにFAした平野の背番号へ昇格し5に。球界の詐欺師にキャッチング練習で見事勝利したことがある。
桧山進次郎
昔2ゴロ野郎。ついこないだ神様になったと思ったら最近また2ゴロ野郎。マートンノートを見たものの英語が読めないので、打てずじまい。キックベースで鎖骨骨折という珍ワザを契約更改後僅か数日で取得。2011年オフのイベントでは、幼女をかばい左鎖骨。キャーカッコイイ……と思われたものの、ただ幼女を抱き上げて遊んでたら自分が転んじゃっただけの話。2012年、交流戦で久しぶりにスタメンで一試合だけ出たけど見事にレフトフライと2ゴロ2回(その内1つは併殺)。しかしその日はそんなの忘れてしまうくらいのことが起きたため空気だった。2013年はずっと代打で結果を残せなかったものの、運のいいゴロで打点。もちろん監督含めみんな調子に乗った。そんな彼もついに引退。お疲れ様でした。2013年の現役最後の試合でホームランをかますあたり、ある意味神かもしれない。
林威助
はやしいすけ。自慢の笑顔でファンは多いらしい。鳥谷と仲良し。台湾の4番らしいが日本ではお察し下さい
新井貴浩
何か悪いことが起これば大体この人のせいである。ダメ押し点で帳尻貫禄。不働の四番。←働いて下さい!!真剣なのは伝わるがイッパイイッパイなのは明白。頼りになるようでならず、無走者で頼りになる主砲。AKBのA。守備が酷いとよく言われている事もあって、一塁でゴールデングラブ賞を獲得したことがあるのはあまり知られていない。バックに消火器詰められたのにそのまま気付かずに持って帰ってしまった事があり、思わず犯人もびっくり仰天。2011年、1~3番打者の出塁率が高いおかげで打点王獲得。ついでに失策王と併殺王も獲得。2012年、この人がタイムリーを打った日はほぼ負けている。併殺王は譲ったが、重要な場面で芸術的な併殺を見せるため、インパクトはさらに増している。2013年の登録名は「お兄ちゃんのほうの粗い」となる予定。弟「新井(良)」に対し「新井(悪)」と表記されることもある。そろそろ護摩行が無駄だって気付こうよ……。嶋基宏に「受けてくれるまでこの電話を切らない」と半ば脅迫でプロ野球選手会会長の座を押し付けた譲った。いつのまにか古巣に低賃金で雇うというのに逃げて行った。さすが辛いさん。向こうでやたらと活躍する。
森田一成
通称小ブラゼル。やたらピザって見えるのは気のせいかもしれない。某イケてる番組素人に似てなくもない。某昼番組司会者でもない。とても名前が似てるが某声優でもない。2011年、プロ初打席初安打初本塁打初打点を打つ。だが、そんな彼も働かないのでとうとう戦力外。おいおい、期待してたんちゃうんかい。
久保田智之
劇場主。JFK時代はよかったが先発転向後に自爆。その後は阪神のエース(笑)と共に、トラキチからブーイングを食らう日々であった。しかし覚醒すれば魔法使いよりもいいピッチングをし出すため扱いにくい事この上ない。コバロリ在籍中は、コバロリの華麗な自虐プレイに当時の首脳陣がなぜかハマってしまったので干され気味であった。その後コバロリが二軍落ちしたのに一軍からお呼びがかからないという体たらく。もう既にこのチームに居場所は無くなってしまった。2012年オフ、十中八九戦力外と思いきやなぜか残留。2013年シーズン終盤に敗戦処理要員として何試合か投げたが、もはやJFKのKだった時代とは別人のような投手に成り果てていた。そして治そうとしていた肩が爆発。とうとう引退してしまった。と思いきや、いつの間にか打撃投手に就任してた。投げれんのかよ。
西村憲
勝手に当時の監督のイケメンさんに外野手転向(2010/09/10の1日だけ)させられた可哀想な人。まあ藤川球児が薦めたせいなのだが。ホークス時代のジョージにあこがれて球界入り。その後はジョージにいじられる日々を送った。2011年9月23日、なんと今度は代走で出場。今後本人の知らないままいつの間にか野手登録されたりして……。愛称は投手兼外野手兼代走兼西村憲。2013年は一軍であまり見ない。いつのまにか森田とともに戦力外にされてた。
日高剛
守の藤井、打の今成と両極端な捕手陣容を懸念し、どんでんに嫌われて干され、ゴリラが抜けた穴に2013年から放り込まれた。かつては好守好打でならしていたが、今や男前とどっこいどっこいである。2014年某日、呉昇桓の球を後逸、それ以来一度もチャンスをもらえなかった。そして引退。何のために来たのかわからない選手となってしまった。
高山久
偽落合。左殺しだが、裏を返せば左しか殺せない。いつの間にか所沢ライオン園から来た。のだがいつの間にか消えていた。
呉昇桓
オ・スンファンと読む。韓国では全盛期の岩瀬と球児を足しっぱなしにしたようなチート級のクローザーだったという触れ込みだが、入団直後から案の定愛国者たち(笑)にたたかれまくった上に前評判が高いほど裏切られ慣れていたこともあって虎ファンにとっては微妙な印象であったが抑えとしての役割はしっかりと果たしている。彼がいなければ阪神の中継ぎは...違法カジノ問題で退団ってあなた...
関本賢太郎
元阪神選手会会長。代打の神様。美化委員長を兼ねる。2011年にはサブローに倣い「つなぎの4番」を2試合だけ担ったが、活躍せず。その後怪我だか何だかでお察し下さい。誰を二軍に落とすかで必ず名前が挙がってしまう可哀想な奴。でも選手会長だからか落とされない。味方が本塁打を打った後の奇妙な儀式を発案するが、借金ハゲが止めろって言ってるので14年シーズンは渋々封印。
鶴岡一成
横浜モバゲーズの正捕手だったが、よくわからないうちになぜか縦ジマを着る事になった。まぁプロテクトを外していた横浜の方がどうかしてるのだが。ベテラン捕手三羽ガラス状態は吉と出るか?2016年に引退、現在はパの極弱球団で2軍バッテリーコーチに。
マウロ・ゴメス
中日で活躍したゴメスとは別人。と思ったら中日も別のゴメスを獲得。ややこしや~ややこしや~~ さらに、横浜の後藤のあだ名もゴメス。ややこしすぎやろ!!
キャンプサボり騒動などから、ペナント開幕前にもう既に害人認定をされていたが蓋を開ければ打つわ打つわ。まるでマートンが二人いるような状態に。
打点ランキングを独走していたえるたそが怪我で離脱した隙に抜き去り、打点王獲っちゃった。シーツはん、アンタほんまに優秀やで!
マット・マートン
正式にはマシュー・ヘンリー・マートン。アンチ能見サン発祥の人。シーツ先生とマットと掛布で布団トリオ。虎の安打製造機。2010年なんと来日1年目にして日本の最終兵器のシーズン安打記録を超えた。努力家で謙虚で賢くてイケメンなんて……もはや否応なくファンにならざるを得ない。しかし2年連続、僅差で首位打者を逃し主要三部門無冠。2012年は前2年と打って変わって怠慢プレーを見せ付けるようになる。そして外野守備での緩慢プレーに懲罰交代をさせられ、その際に関川コーチに「ナンデヘッポコ守備ノお察し下さいニハ何ニモイワナイノヤ!」というタイガース最大のタブーに触れてしまった為に二軍送りされてしまった。さらに「アイドントライクノウミサン」発言。その1年後、「ノウミサンアイシテル」となる。2013年はコンラッドと粗い兄弟の不振で4番に定着し、活躍を見せる。その上、なんと、2014年はプレイングマネージャーとして、マウロ・ゴメスのスコアラーとして、左翼の天使として君臨する。捕手潰しの技術に定評がある。
藤井彰人
ゴリラのジョージの2011年開幕が絶望となると、専属投手の岩隈が退団したで一段と微妙な立場に変わった彼を穴埋め獲得。でも阪神投手陣を上手くリードできるのか?てか、狩野で良かっt(ryとか思っていたらゴリラが病院へ再送りになってマスクをかぶるようになったあと、ロリコンエースが復調、さらに新井さんからお立ち台で男前認定を受け、キャラ確定。結果よく頑張ってチームを支えてくれた。翌2012年はジョージ内野転向で正捕手の座は安泰と思いきや怪我で離脱。帰ってきても危険球食らったり度重なる不調?(元々打てないので確変終了とも言う)に悩まされたりと、あまりにもついて無さすぎる…。そして微妙なライバルを送りこまれ、さらに立場が微妙に・・・。
加藤康介
二度の戦力外を経て返り咲いたリストラの星。眼鏡がよく似合います。左投手ではあるがかつての伊藤敦規を髣髴とさせる。時には榎田をも凌ぐ鬼気迫る投球を見せた。たまーにワンポイントフォアボーラ―の時もあるけど。
渡辺亮
ブルペンリーダー。イケメン。リリーフのエースだったりそうでなかったり。ただ毎年安定したピッチング。小柄なことを気にしている。若干顔が岩田に似ている。ナックルボール習得に挑戦していたことは黒歴史。でも成功していたらこんな地味にはならなかったかも。勝ち試合、敗戦処理、ビハインド等色々な面で酷使されているがへこたれないタフガイ。昔、JFKの陰で「右の渡辺・左の江草(現広島)」として阪神を支えていた。普通免許を持っていなかったから江草に車で送り迎えをしてもらっていたが、江草が不在になり約10万円の高級電動自転車で通い始める。実は競艇選手になりたかったけど、規定身長を超えたから野球選手になった。「虎の公務員」の異名を持つ。極端に影が薄い。
鶴直人
浪速の四天王の一人。辻内とまでは行かないが他と比べて遅れていた。1軍初登板・初先発ではいきなり防御率インフィニティーという鮮烈なデビュー。2010年、あのダルビッシュに投げ勝つという万馬券級の奇跡を起こしローテーション入りするが、そこで燃え尽きていた。安藤大和二神を足したような顔。2012年は開花。しかし敗戦処理要員で出番はしょっちゅうある。
福原忍
おはぎ大好き。昔、新庄にホームスチールされる。阪神投手陣の4大癌の一つとも言われていた。今は釣り堀とポケモン鑑賞に浸る生活。ブログより2011年は良くも悪くも便利な中継ぎに専念。まあまあの結果を残す。インディアンスには何故か毎年狙われているが藤川を見に来たメジャーのスカウトにまで目を付けられたりする。斎藤隆のように大化けすると思っているのだろうか。2013年は安藤とともにまさかのセットアッパー再転向。更には悪い予感どおり駄目だった久保の穴を埋めてクローザーになり、なぜかけっこう抑えている。どこにそんな力が残っていたのかまったくもって謎である。2014年、15年もセットアッパーとして大活躍。

関連項目[編集]