関本賢太郎

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「え・・・そこは俺の定位置・・・」
平野恵一の場内アナウンス について、関本賢太郎
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関本 賢太郎(せきもと けんたろう、1978年8月26日 - )とは、阪神タイガースに所属している4代目代行・代打の神様(仮)である。何をさせても平均以上なので代打としても使いやすい。ゲン担ぎの為に登録名を本名の健太郎から賢太郎に変えてみたりしたが、野球に置いて賢が活かされるだろうか?

特徴と傾向[編集]

天理高校から入団し強打の大型内野手と将来を期待され、2003年頃なんて田淵コーチ(当時)からホームランを打つ打法のレクチャーだって受けてた。ところがどんでんが監督に就任した頃には、身体は大きいままなのに、プレースタイルはちっちゃく成ってしまった。大道典嘉に近いかもしれない。

便利屋として[編集]

ん?便利屋なのに大事なところはダメだって?大事なところもOKだったら便利屋なんかしてないよ。

打撃的な便利屋[編集]

1番・・・関本×(足の要求は御法度)
2番・・・関本◎(元職[1]、1試合4連続犠打タイ記録の保持者。)
3番・・・関本〇(無理ではないが、もっと良いのはごろごろいる)
4番・・・関本×(4番ほどの長打の要求も御法度)
5番・・・関本〇(3番と同じく)
6番・・・関本〇(関本向けではあるが7,8番ほど輝けない)
7番・・・関本◎(下位打線も大好き)
8番・・・関本◎(7番と同じく)
代打・・・関本◎(本業)

守備的な便利屋[編集]

捕手・・・関本×(そこまでやったらキムタクレベル)
1塁・・・関本◎(こういう所は大好き)
2塁・・・関本△(サルとの併用時に習得。ただ守備範囲で平野恵一に劣る。1塁ブラ砲への、後方飛球のカバーリングに間に合わず望ましくない)
3塁・・・関本◎(ここも大好き)
遊撃手・・・関本△(2軍時代はココなので、やってできない事はないがもういるので必要ない)
左翼手・・・関本×(外野は無理)
中堅手・・・関本×(〃)
右翼手・・・関本×(〃)
守備固め・・・関本◎(ただし内野1・3塁に限る)

バント[編集]

でかい図体なのに似合わぬ関本の得意技。前述の通り1試合4連続犠打の日本タイ記録も所持しており、チームどころか球界屈指のバントの名手。サルのバント失敗から御役が回ってきた。

赤星がいた頃は盗塁バントも、し放題。しかも先生鉄人変態のクリーンナップがえげつなかったので赤星がぐるぐる回ってすぐに還って来ちゃった。

なのに本職を奪った平野に球団最多犠打を獲得されちゃった。あれ?関本のアイデンティティが色々なくなってる。

代打[編集]

2010年、1塁ブラゼル、2塁平野、3塁新井、遊撃鳥谷と完全に主力で内野が埋まってしまっていた。だが2軍に落とすには実力がありすぎる。結局ベンチを温め続ける毎日。いかにして試合に出るか悩んでふと隣を見るとベンチを温め続けるベテランがいた。

「・・・これだ。こいつが相手なら・・・勝てる。勝てるぞ。」

試しに代打をやってみるとレギュラーにはなれない程度に勝負強くレギュラーになれない程度にミートも長打もできるので以外と打てちゃう。
関本の新しい人生が始まった。[2]

それでもとっておきの代打はやはり桧山。2番手代打というポジションでしばらく頑張っていた。そしてようやく、2013年に桧山が引退することになり4代目・代打神を襲名したが、しかし、ジョージ・マッケンジーに追い出され、腰痛で座れず外野に飛ばされ、ヘルニア育成登録に落ち、そのどん底からトランスしてきた、ピアノで覚えた器用さ活かした守備ダメ・身体ダメ・僕代打メンに2番手代打に戻されそうである。 。

時は過ぎ、2014年7月13日には7回2点ビハインドの場面で、筋肉の神様から代打逆転満塁ホームランを放ち、新・代打の神様の脅威を知らしめた。しかし、尾張の竜に居座るヒゲ面の侍上州の掛布が関本以上の働きを代打でしたため、関本の成績がかすんでしまった。代打の神様を襲名したものの、思わぬところに新たな敵が現れてしまった。

2015/09/29(火)の球界のお荷物戦でエクゾディア格化されました。

レギュラー争い[編集]

レギュラーを掴んだかと思うと同ポジションに主力が来てしまう体質。ポジションが被った主力も、そうそうたる顔ぶれ。だが主力が来たにしてもレギュラー争いでの弱さは異常。現在は「代打の神様」のためレギュラーを争う必要はないかと思いきや…。[3]

関本とレギュラーを争った人々[編集]

約2人、今では役に立たない人がいるのは内緒。

  • 藤本敦士・・・2003年の恐怖の8番バッター。ダイナマイト打線の一員として打率.301を記録。ポップフライと凡ミス製造機と化すと、2010年からFAでふにんき球団へ移籍。
  • 今岡誠・・・恐ろしく勝負強い打撃で2度の優勝に貢献した2003年の首位打者、2005年には打点王。その分、緩慢で範囲の狭い守備では関本に仕事をくれた。2006年以降、怪我をしてから一変して転落人生に。2009年オフに戦力外通告。2010年からは駄菓子屋さんへ。CSでちょっと活躍しても、あの輝きは もう無い。
  • 鳥谷敬・・・2003年に入団するとどんでんに愛されて開幕ショートでスタメン。以来阪神の看板選手。打撃は.280リミッターに制御されているがショート守備は球界屈指。[4]2010年に打撃も覚醒。ショートレギュラーを不動のものとした。現在の遊撃手。
  • アンディ・シーツ・・・2005年に赤ヘル軍団から移籍。外国人とは思えない守備と外国人らしいバッティングで優勝に貢献し2007年まで活躍。同年オフに「愛する阪神タイガース以外でプレーする気はない」[5]猛虎魂を見せつけて引退。2009年末から阪神のスカウトに就任する[6]といきなりマット・マートンを連れてくるという働きぶり。シーツGJ
  • 新井貴浩・・・例の事件で涙ながらに2008年に移籍。1塁なら標準ながら、3塁だと御粗末守備。足の運びの悪さは、素人目に見ても判る。懸命さ以外、特筆すべき出来事はないが2010年は兄貴の代わりに4番を打つ。ちゃんと4番の仕事ができる外国人にレギュラーを取られてしまい、代打の2番手として活躍。
  • 平野恵一・・・関本を強化して、より便利に成った様な人[7]。(内外野を問わない守備かつ強肩、バントおよびセーフティバント、打率2位の打撃[8]、+足の速さ)2塁手。
  • クレイグ・ブラゼル・・・2009年にケビン・メンチが案の定ダメ外人だった為代わりを探していると「あ、そういえば埼玉の方で前半戦は打ってた奴いたな・・・」と思い出した阪神が獲得。パリーグでもう攻略されていたのに交流戦でデビューという辛い条件だったが4試合連続でホームランを打ってみたりで一躍主力選手に。現在の1塁手。試合終盤でリードしている場合は守備固めという貴重な仕事を関本にくれた。

関本とレギュラーを争いそうだった人々[編集]

関本が安住の地を得た今、彼らとレギュラーを争うことは未来永劫ないだろう。(代打ではある…かもしれない)

  • 上本博紀・・・関本にできない事ができる人。大和より打てる阪神らしくないイケメン。プレースタイルは広島の選手チックといえばニュアンスは伝わると思う。
  • 坂克彦・・・2005年に田尾安志に3年後を期待された選手。実際には更に2年後の2010年にちょっと活躍。
  • 野原将志・・・2006年ドラ1入団。2軍では良い成績を残すが1軍出場なし。このメンバーに入れては見たがレギュラー争いは微妙なところ。
  • 新井良太・・・新井貴浩の弟。兄とは違ってまっとうな手段で阪神入団。オープン戦でホームランを打ったらバッティングフォームも、どや顔も兄と瓜二つな事が判明。2011年から使われ所が被りやすい厄介な存在。
  • 荒木郁也・・・関本の宿敵、平野と同類のプレースタイル。左打ちで俊足、内外野問わず守れる守備。平野並みの選手なら活躍の予感。
  • 森田一成・・・ブラゼルにバッティングを教えられた阪神にしては珍しい生え抜きで左打ちのホームランバッター。阪神OB会長でもある川藤幸三の1押し選手。

新たに関本とレギュラーを争いだした人[編集]

  • 狩野恵輔・・・2009年ようやく正捕手の座を掴んだ。……と思ったら、地獄から紆余曲折で代打専としてトランスしてきた。そして、球団史上初となる日本シリーズ代打初打席初安打を記録した。

エピソード[編集]

七夕の奇跡[編集]

2010年7月7日、甲子園で開始した阪神タイガースVS東京ヤクルトスワローズ10回戦。
阪神は結婚を発表した[9]42歳の下柳剛が先発。ヤクルトは26歳のルーキー・中澤が先発。
初回いきなり一発病が発症、青木宣親に先頭打者HRを打たれるという不安な立ち上がりながらも七夕の勝利を期待するちびっ子たちの為に後続を抑え1失点に抑える。
試合が動いたのは3回。0-1の場面で平野が四球で出塁するとマートンがレフト前ヒット、ブラゼル、城島がタイムリーで続き2得点。[10]阪神が2-1と試合をひっくり返す。
しかし4回2死の場面での相川亮二への投球中にまたしても一発病が発症、ソロHRを打たれ2-2の同点に追いつかれる。
ふと相手のメンバー[11]を見れば普段ならどうと言うことはないがダメ柳と化してしまった今シーズンの自分には抑えられなさそうなことに気がつき泣きそうになる。
それでも七夕と結婚という二つの理由がぎりぎりのところで下柳の戦意をつなぎ止め、チビリそうなのを我慢して投げていたら七夕の奇跡で魔将なんかも抑えちゃった。[12]
そして6回ウラに真弓が動いた。チビリかけながらソロHR2本の2失点でしのいでいた下柳に代打で関本。するとライトポール際へ「人生最高のスイング」でHRが出たのだ。
しかも不調の中継ぎ、セットアッパー、抑えの流れが渡辺亮久保田智之藤川球児で無失点リレー。色々なところで奇跡が重なった[13]本来ならボロ負けの試合であった。


・・・そこっ!!「これだけ長いのに結局それだけか」とか言わない。

さよなライオンズ[編集]

西武ファン「ああ……やっぱりフォアでサヨナラか……えっ」
2012年5月27日、交流戦の甲子園での西武戦。
1点を追う阪神は7回裏、スリーボールからカットもせずドヤ顔で見逃し三振(ど真ん中)新井貴浩に続きブラゼルのソロホームランで試合を振り出しに戻す。
8回裏、金本が歩いてワンアウト満塁で【安打献上マシン】西武の中継ぎvs新井貴浩【併殺打献上マシン】のほこたて対決が実現。勝者は新井。しかし勝つという意味合いを間違えてはならない。
9回裏、バントの処理時おかわりくんとゴンザレスが接触。そして結果は大相撲甲子園場所【○中村(押し倒し)●ゴンザレス】。
最後は1死満塁から代打関本の必死のパッチの死球でサヨナラ勝ちを収めた。もちろんヒーローインタビューも好投能見ではなくこの人。
ヒーローを奪われた先発能見が9回を2失点の力投で今季4勝目。さらに阪神が3連勝で勝率5割復帰。敗れた西武はいつも通り救援陣が崩れた。
ちなみにこれらのお陰でこの日の桧山スタメンは完全に空気だった。まあ打てなかったしね……?


・・・またそこっ!!「これだけ長いのに結局それだけか」とか言わない。

代打として[編集]

代打の道も浅井良林威助狩野恵輔と意外とライバルは多かった。その上桧山が2ゴラー兼ポップフライヤーにも関わらず相変わらず出るのでチャンスが少なかった。
いつになったらまともに試合に出られるのか正直なところ皆目見当がつかない本当にかわいそうな人であったが、ついに2014年、念願だった桧山の引退により「代打の神様」に君臨。安住の地を得た。

甲子園美化委員長[編集]

甲子園美化委員長。それは5万人近くいる勝利で沸き立ってちょっと自制の効かない[14]阪神ファンをまとめ上げ地球が直面している環境問題を解決するという大切な役職。下手したら3K(危険、きつい、汚い)が揃ってしまう過酷な現場だが関本にかかればそんな過酷な現場もたった一言で片付いてしまう。

「今日もゴミは0でお願いします。」

脚注[編集]

  1. ^ 走者の際、2塁から中軸のヒット1本で生還できないのを責めるのは厳禁。
  2. ^ この時、関本の頭の中には桧山を追い出し代打の神様になる自分がくっきりと見えていたという。
  3. ^ 代打でいいのが結構いるのでピンチ。
  4. ^ それなのに地味すぎてゴールデングラブ賞は獲れない。
  5. ^ 前述したが広島から移籍してきた選手である。
  6. ^ これまでダメ外人ばかり(ルー・フォードケビン・メンチ・・・etc)連れてきていたトーマス・オマリーはスカウトを首になった。
  7. ^ 本来、小技系は こういう小柄な選手が請け負うべきで、関本の様な大柄な選手が目指すべきではないのだが。田淵の指導通りに長打力を磨いていれば、今頃は補欠じゃなくて5番打者くらい定着してただろうに
  8. ^ 打率1位は青木宣親。帳尻あわせがなければ首位打者もあり得た。
  9. ^ 婚姻届提出は6月4日、発表は6月14日。そこから連勝していたが効果が切れて元のダメ柳に戻りかけていた。
  10. ^ 4番新井は凡退した。
  11. ^ 1番青木、2番田中、3番飯原、4番ガイエル、5番デントナ、6番相川、7番宮本、8番鬼崎
  12. ^ ちなみにホワイトセルは前日の試合でスタンリッジに膝への一撃を受けて撃沈していた
  13. ^ 1つめの奇跡・ホワイトセル撃沈 2つめの奇跡・下柳がそこそこのピッチング 3つめの奇跡・真弓がまともな采配(昔の成績だけを見て桧山を代打にしなかった) 
     4つめの奇跡・関本が代打HR 5つめの奇跡・渡辺がピンチを背負いつつ無失点 6つめの奇跡・久保田がピンチを背負わない 7つめの奇跡 結局勝てちゃった
     隠れ奇跡・阪神に打ち込まれる中澤が先発だった。
  14. ^ 主に道頓堀関係で多数の前科あり。

関連項目[編集]


ExSport.png この項目「関本賢太郎」は、エキサイト不足のようだね。
さあ、君もこの記事に胸が高まるような文付け足してみよう。レッツトライ! (Portal:スタブ)