無論

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無論(むろん)とは、全てのものはであるという考え方であり、日本に最も浸透した考え方であることは無論、言うまでもない

概要[編集]

古くから最も重要な思想であった。ソクラテスの言う、「無知の知」も、無論、この無論を支える重要な思想で、無、すなわち全てを知るに至ろうとする姿勢である。無論、その他諸々に影響を与えている。

現在では、一般にも深く浸透し、この思想の意義を表す「無理」や独自の単位である「無数」などの言葉が日常的に使用されているのは無論、自明の理である。

無論の第一問題[編集]

この無論も、無論、たびたび議論の的となってきた。そのなかでも、デカルトがコギト云々とつぶやき、自らの存在だけは疑いようがないなどと洩らしたことは、全てのものを無と考える無論と、無論、矛盾し、大議論を醸したため、「無論の第一問題」と呼ばれている。これについて無論派の人々は「存在も無」であるという存在無なる概念をもちだしてはいるが、無論、解決したとはいえない状況にある。

無論の第二問題[編集]

その後、さらに恐ろしい議論が巻き起こった。数学の絶対性を主張する数学者ども(上のデカルト含む)が、無限なる概念を持ち出してきたのである。絶対的に全てであるべき「無」に限りがあるというこの概念は、大論争のひきがねとなり、未だ解決していない。無論、先例に習い、この事態を「無論の第二問題」と名付けたのは言うに及ばない。

その後、数学者のなかでも真性の精神崩壊者であるカントールが無限が無限であることを発見し、無論は無論、またとない窮地に立たされている。

ニヒリズムとの関係[編集]

ニヒリズムとは常に対立しあっており、互いに自らがオリジナルであると主張しあっている。無論、和解の兆しは見えていない。

関連項目[編集]