広島東洋カープの選手一覧

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広島東洋カープの選手一覧は、広島東洋カープに所属している選手・監督・コーチ・スタッフの一覧である。

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主要選手[編集]

投手[編集]

我々は 共に戦ってきた
今までも これからも
未来に輝く その日まで
君が涙を流すなら 君の涙になってやる
カープのエース 前田健太
(11)福井優也(もうないじゃん・・・)
早大ドラ1三バカトリオの一人。両親を招いてはよく泣く。キャンプ猛練習の頃には、巨人行けばよかったと後悔していたに違いない。開幕後2勝したものの、交流戦でパの実力の差を見せ付けられる。だが開幕ローテーションを守り、規定投球回達成して8勝10敗とまずまず。早大トリオでは1位指名が広島だけだったが、11年を終わってみればその悔しさをバネに、一番活躍した、とも言える(大石は1軍登板なし、斎藤は6勝6敗)。
ところが12年13年ともにいきなり大炎上し、2勝3敗だとか0勝2敗だとかふざけてない?
由宇でふざけまくってたら、勘違いで自信を持つピッチングを覚えたらしく、阪神戦でまさかまさかの9回1失点の完投勝利。この後も若干の無援護に晒されながらも、虚塵横浜相手に健闘。
14年も終わってみれば4勝5敗と確実に復活に近づいてきているかもしれない。
今度こそカープのエースの座を奪うことが出来るのか。
15年は調子を戻し、過去最高の9勝を挙げ見事に復活(負け数?そんなの気にしない…)。早大ドラ1三バカトリオの2人とは大違いである(ちなみに通算成績では斎藤は14勝、大石はわずか1勝に対し、本人は23勝と突き放している)。
(14)大瀬良大地
長崎からやってきたもう一匹のカピバラ。とても性格のいい人。自称大学No.1ルーキーでもある。
入団1年目にしてローテーションを守りきったのかよくわからないが10勝8敗とまずまずの成績を残し、ノムスケ以来の新人王を獲得。
15年から意味不明の中継ぎに転身。シーズン最終戦ではフルボッコにされ、悔しさのあまり女性ファンの母性本能をくすぐる男泣きを見せた。
16年は先発に戻すらしい。
(16)今村猛
10年にカピバラ壱号として入団。趣味はテリーのワンダーランド3DS。
とにかく勝ちに弱く大竹の勝ち星を消したこともある。
15年は17試合にとどまる苦しいシーズンとなった。
(19)野村祐輔
いわゆるノムスケで、北別府学を彷彿とさせる制球力と黒田博樹を彷彿とさせる無援護を併せ持つ脅威の新人。
ルーキーイヤーから先発定着、マエケンと防御率ランク争い、オールスター選出等おかしな事やっている。
勝利しても雄たけびを上げない臆病者であるが12年は9勝11敗、13年は12勝6敗と割にいい成績を残している。
しかし14年は大きく失速し7勝8敗と雲行きが怪しくなってきた。
15年、ついに自己ワーストの5勝にとどまり、危険な状態に。
しかし16年に突如覚醒、16勝をマークし最多勝と最高勝率を獲得。ついに男気の後継ぎとしての道をいい意味で歩み始めた。
(20)永川勝浩(世界で一番NGな鯉)
カープの抑えの切り札…のはずだが、何度も救援失敗しているので最後はルイスもキレた。←先発の勝ち消します、結論
なので、あだ名もNG川に。一年にしてコバマサ超えを成し遂げた。
とはいえ、カープのここ数年の抑え投手達(※1年限りで消耗した小山田、シュールストロム(論外)、ベイルなど)と比べたら、複数年に渡って抑えに君臨しているNG川は重要な存在なのは事実。
2008年に必殺技「トェェェェイ」を会得したことにより驚異的な安定を見せ、去年の事はどこへやらの活躍でセーブ失敗がほとんどなかった。しかし倉とバッテリーを組むと唐突に炎上する現象、通称KURAが発動する。
2009年は抑え投手とは思えない防御率を誇っており、最近のあだ名はもっぱら永川負浩。NGの波が再来中である。
2010年には度重なる炎上で煮干の怒りをかう。抑えから降格させられてズタズタになるまで晒し投げの後、由宇送り、失踪。
2011年にひょっこりと1軍に合流、若鷹軍団相手に今時の野球漫画でも見ないであろう0-3からの奪三振を含む2回6者連続奪三振の究極の神ピッチを披露。俺の知っているNG川を返せっっっ!!!で・も・ね、その数ヵ月後には・・・・
2013年シーズン末から翌14年シーズン初頭まで、深刻なシステムエラーにより中継ぎとして抜群の安定感を発揮してしまうが、交流戦に入って無事エラーは修正された模様。
現在、球団でNo.1のセーブを記録を更新中なのだが輝かしいタイトルが一個もない。
(21)中﨑翔太
どん。14年途中から一軍に定着し、今となっては押しも押されもせぬカープの守護神。前守護神NGさん同様劇場型ではあるが、最後には何だかんだで抑える。3アウト目は必ず三振マンでもある。球場に中崎がコールされたときに悲鳴が出たのはもう昔の話。
16年からは相手に威圧感をかけるため髭を生やし始める。もはや投げる畠山と化してしまった。そのおかげもあってか、公式戦終了までチームで去年以上のセーブ数を稼いだが、暗黒軍団インチキに獲られてしまった。
(30)一岡竜司
巨人時代は2軍生活を送っていたが、大竹寛の人的補償(むしろそれ以上)として入団。
大瀬良、今村とともにお笑いトリオ「カピバラ3兄弟」を結成するとかしないとか。
(34)中田廉
おお振りファンを広島ファンにするために取ってきたのに、2013年後半からいきなり覚醒
2014年、カピバラ参号に繋ぐ勝利の方程式にちゃっかり入り、カピバラ参号故障後はセットアッパーに回ったり、敗戦処理に回ったりと体が壊れないので酷使大車輪する活躍を見せるが、案の定肩を壊してあっさり由宇閉。
(42)クリス・ジョンソン
本名はクリストファー・マイケル・ジョンソン
クリストファー・ロビンでもなくマイケル・ジョーダンでもない。
15年に大海原を越えてやってきた。むしろコルビー・ルイス以上の大物助っ人。
ここ最近、チームメイトの最多勝争いに巻き込まれ、15年マエケンと地味な最多勝争いをしたが最終的にマエケンに軍配がる。また16年はノムスケと最多勝争いをしたが、去年よりも一勝多い15勝を挙げたものの再び最多勝を逃した。しかし特例で沢村賞をもらった。
(62)今井啓介
由宇でも1軍でも援護された分を6回できっちり失点するのでその他のくそったれに勝ち星を消されまくるローテの谷間と違って同情できない有様だったが、12年に篠田、齋藤ら同程度のドングリ先発陣の中から唯一結果を残し一軍に踏みとどまる。
しかし中継ぎの方が結果を出す為起用法が中々定まらない。
なお、最近の由宇では早大三バカトリオの一人と共に四球ランナー製造機として活躍している模様。
(23)薮田和樹
2015年に加入。福井レベルのノーコンっぷりを披露。一軍と二軍をいったり来たりする生活を送るが16年、16試合に登板しうち3試合に先発し3勝1敗とまずまずの成績を残す。

捕手[編集]

(27)會澤翼
石原と倉が絶不調の今、待望論が沸き起こっている由宇に咲く一輪のあだ花。
その神がかった打撃で熱狂的な信者を着々と増やしている逸材。キャッチングは下手。瀬戸か。
2013年現在、二軍戦を含め5度の頭部死球という思わずスペランカーもびっくりの記録を持っている。
相手がノーコンだとえらいことになるのに、1軍に上がってからはノーコンばっかりとバッテリーを組まされた。
スタメンマスク二回目で不毛な石倉論争を横から決着させたらしい。が、来期に持ち越される模様。
カープ伝統の二軍の帝王になりつつあったが、2014年の交流戦後から少しずつその神がかった打撃が戻り、規定打席未満ながら西山以来の3割、2009年に石原が達成して以来のホームラン10本に到達。打撃不振に陥ったインチキKURAを尻目に正捕手の座を強奪。
(31)石原慶幸
石原、(スクイズを試み)宙を飛ぶ。
"飛ぶキャッチャー"として知られるカープの捕手。ブラウン監督のお気に入り。
倉と併用だったが2008年は泥沼の争いにピリオドを打った。スクイズのサインがでれば、今日も魔法のバットでどこまでも飛んで行く。
なぜか当たり損ねの打球が野手の間に落ちたり、抜けたり、打てなくても押し出しのサヨナラデッドボールになったりするので、インチキと言われる。そのせいかホームランでもインチキムランと言われてしまう。
WBC日本代表に選ばれたが、城島がなぜか退場にされた時にちゃっかり国際試合デビューを果たした。ここでうなぎ犬を送らなかっただけの采配は、あながち悪くなかったということがわかる。カープ勢は二人とも(栗原・石原)人のアクシデントに乗じてちゃっかりWBC出場を果たすこととなった。最近の活躍っぷりから全責任を転嫁され、の奴隷どころか、スパイ石原、接待リードとまで言われる始末。
マツダオールスターゲーム2009にはファン投票で“捕手部門1位"に輝き、堂々と選出されたが、その時点で打率が2割未満だったことは内緒だ。しかも札幌ドームではたった1打席なのに、ちゃっかりヒットを打ったのでファンから「ペナントで打てよ!」と非難されてしまった。
一時期、何故か出囃子が弾幕ソングだった。
近年は「芸術的なチャンスの潰し方」の研究をしているらしく、試合でも積極的に実践している。
自動アウト組合の会長。

内野手[編集]

(2)田中広輔
梵の代わりとして14年から降臨したイ・グチの親戚。
15年は遊撃手の座を奪った。
ホームランが幻になるなどの珍事も見舞われた。
(4)小窪哲也
上から読んでも下から読んでも「ぼくこくぼ」。カメムシ。通称ハナクソ。
2009年に千葉ロッテマリーンズに1イニング15失点を許した時、ロッテナインから狙い撃ちにされたかわいそうなショート。あの後、ハマの戦力外からマンツーマンで守備のレッスンを受けたんだって。
由宇ターン後主力として奮闘し梵の自爆で1軍に返り咲く。得点圏打率は結構ましになったものの、やらかし癖は健在。打たなければ「梵なら無失点」「チャンスに強い(笑)梵とチェンジしろ」と散々な言われよう←喚いてるのは一部の地元信者だけだけどね、現実見ようぜ。それでも守備は東出量産機では神レベル。
08年にルーキーながら、不振にあえぐ意外性の男「黒田さん、投球単調っスょ」を尻目に年間通じて活躍した実績があるが、果たして…。
2年連続でハイアベレージを残したら、球団から背番号4を貰えた模様。よかったね。
15年オフ、国内FA権取得も残留。
(7)堂林翔太
プリンスと呼ばれている。応援歌でそう呼ばれているんだからしょうがない。果たしていつまで続くのか。そんなこと思ってたら歌詞が変わってた。堂林Show time!
12年に台頭。HR数、三振数、失策数、そして池面と、何かと目を引かれる活躍で特定の人向けの私生活DVDまで発売される程の人気を誇る。
14年末にTBSアナウンサーと結婚したことで蜘蛛の子を散らすようにファンが離れ、さらにノムケンが辞めたことで聖域を剥奪された挙句成績までも低迷し、由宇から抜け出せないでいる。おい、嫁が泣いてるぞ。
(25)新井貴浩
ヤニキぼっちを慕うあまりマナーの悪いトラに押しかけた元4番。東出との三遊間コンビ(通称:魔の三遊間)は自チームに脅威な存在だった。現在、相方を鳥谷に代えて魔の三遊間を継続している模様。
奇麗事を並べるものの、出て行った後に暴言を吐きまくったのでファンの怒りを買う。本当のところは自分がいるとカープが優勝できないことを知っていたので、優勝できるチームの足を思いっきり引っ張るために出て行った、カープ愛にあふれる心優しい好漢だった。が、彼の真意を誰も理解してくれない。辛いです…
これと引き換えに機動力の要をすんなり渡してくれたマナーの悪いトラに感謝。だから詐欺じゃないってば。
それから7年後の2014年シーズンオフ、カープ愛が残っていたのか10分の1の年俸で帰ってきた。
15年、「本当に去年まで阪神にいたの?」と思うくらい大躍進し、2万円分の商品券だった年俸が3倍の6万円分にアップ。
16年は相変わらずの活躍を見せ、2000本安打を達成。
初球のストレートを右へファールにしたりスライダーに手を出したり伝統芸のバット投げツラゲを披露するのが本職だが、たまにトリッキーなプレーを見せる。でも最終的にはお察し下さい
金本知憲阪神タイガースの監督になったもんだから、現役を引退したらコーチとして阪神に取られる可能性がある。
(33)菊池涼介
聖域東出を脅かす期待の新人として12年に台頭。ノムケンに背番号7をねだったらしいが、与えられなかった模様。
2013年からは、二塁周辺に放し飼いにされている。一時期はドーナツ型の守備範囲と揶揄されていたが、最近は正面も捕れるように。
そして同年、中日の荒木雅博が持つ同一守備最多捕殺の日本プロ野球記録を更新。しかも、翌年には自分の記録を更新。
15年は両膝の故障とショートのレギュラーを掴んだ田中の守備範囲のせいで自身の記録は更新できなかった。
(55)ブラッド・エルドレッド
エルたそ~
ニックの代わり、延いては栗原の代わりの代わりとしてシーズン中緊急補強でファーストに入った奴。
黄金郷みたいな、血みどろの赤みたいな名前の大男。扇風機という名目だったが4球を選べる能力はあるらしい。こいつも阪神から2打席連続HRを放った。だめだよぉ~
13年、ケガでクビになるかと思いきや、CS決定ホームランを放ち、メイショウが首脳陣を説得したおかげで何とか免れた。
2014年は開幕戦こそ6番だったが、キラキラ☆ハワイアンから4番を取り占拠定着すると瞬く間にホームランを量産。しかし調子を落としあっという間に由宇ターン。おまけに二冠王(当時)ながら社会人野球大会に出場という珍事を成し遂げると、流石に危機感を感じたのか少しずつ調子を取り戻し、辛いさん以来のホームラン王を確定。三振数も鯉の置物プリンスの持つ球団記録を更新した模様。
15年、身体を壊しているため戦線離脱していたが後半戦に復活し、19本塁打をマークし存在をアピールしたため16年度も広島でプレーすることを決めた。
好不調の差がものすごく分かりやすいのが特徴。そのくせして好不調が変わるタイミングは解説者をもってしても特定しづらい。
趣味は、崇拝してやまないケニー様のお言葉をいただくこと。でも15年オフに辞めちゃった。

外野手[編集]

(9)丸佳浩
○。「顔がデカい丸ですが」流行る日は来るのだろうか。
最近顔がでかくないと思い始めているらしい。
スポーツ元気丸の「ガンちゃん通信」を「丸(ガン)ちゃん通信」に変えようと企んでいるとかいないとか。元気「丸」だけにいいんちゃう?
最近PS2のコントローラーみたい(○△□×)に言われている。
意味は「丸さんカッケェ!死角無し!」だそうだ。なるほど。
2013年は1番バッターとして2番を担ったと一緒に「キクマル」というコンビを組んでCS進出に貢献。
たいして守備が上手いわけでもないのに規定打席に乗ったので、ちゃっかりゴールデングラブをゲット。
おまけに虚塵のイケメンとの地味な争いを制して盗塁王もゲット。なお盗塁成功率はお察し下さい
2014年は打率.310で大ブレークも15年は不振で.249の成績。「打ってからでかい顔しやがれ!」
(37)野間峻祥
14年の外れドラ1。本来なら投手を獲る予定だったが緒方の一声で獲得が決まった。
特技は、カープ、はたまた球界の中でも随一の脚力を活かした内野安打稼ぎとコロッケのモノマネ。
緒方が溺愛してやまない選手であり、野間の為だけに既にアンパンマンの付けていた背番号37(緒方の入団時の背番号)を剥奪し野間に与えたり、野間がホームラン打った時だけ異常に喜んだりしている。もちろん他の選手はお察し下さい
ルーキーイヤーの2015年は試合でも積極的に贔屓起用された。おかげで試合出場数は途中出場がメインながらレギュラー陣の丸菊池田中に次いでチーム4位に。
ちなみに登場曲は「ノマ」にちなんで「恋(鯉)のマイアヒ」
(38)赤松真人
新球場に向けた機動力野球の申し子として抜擢されたカープのニュージェネレーション。金に眼が眩んだ兄貴の愛に走ったFA新井の"人的トレード"(赤松ブログにて本人談)でやってきた韋駄天。
ネコ科のようなストライドの広い走りを武器に、ここ数年ウェスタン盗塁王を争った天谷と共にその広い守備範囲で外野守備に革命を起こした。元々素質は合ったが、古巣阪神ではいろいろ抜けた所が岡田監督に受け入れられず、何をやっても"アフォ松"と蔑まれていたが、ブラウン監督に乞われて広島にやってきた事で、誰かから必要とされる喜びを知り才能を開花、ついに遠かった1軍の壁を破った。
グライシンガー三浦ダルビッシュ藤川などからもヒットを打つなど大物喰いも目立つ。たまに見せる天才的なインコース打ちと、あっさり見逃し三振の狭間でファンをやきもきさせる。
2試合連続初回先頭打者本塁打を放ち、自分がホームランバッターだと錯覚しているらしい。そのおかげでポップフライ量産機と揶揄されることも。松山同様、誰か引き止めてください。
ちなみに、赤松は学生時代に羊水が腐ったと同じ野球部員であった。キーストコンビ(セカンド・ショート)を組んでいた。下のバットがどうかしたかはお察し下さい
最近ちょっと不振が続いているので、バカ松アホ松と呼ばれはじめる。それでもやっぱりツラィリーと等価交換。二人とも2軍が見え始めた。
ちゃっかり09年のオールスターに出場し、ちゃっかり車もらってる。まぁ親会社効果だろうな。
2010年8月4日の横浜戦で村田のホームランを強奪し全米デビューを果たす。そのついでに規定打席に到達してないにも関わらず、ちゃっかりゴールデングラブ賞を受賞。
2013年以降は守備固めや代走での起用が増え、バックアップとして奮闘。15年には人的補償交換要員だった辛くても入れる名球会と同じチームでプレーすることに。
(44)松山竜平
「鹿児島のじいちゃん、ばあちゃん、俺やったよ!」やってるのはいつも膝とか太ももである。
2007の大学生社会人ドラフトで4巡目指名されたルーキー。嬉しいのか悲しいのかカープに指名された時に号泣していた。そのふっくらモチモチした顔から愛称はアンパンマン。元ベイスターズの佐伯にも似ている。
アマ時代には九州を代表するスラッガーで、大学の全国大会ではハンカチプリンスのボールを遠慮なく剛打。全国の女子の黄色い悲鳴を物ともしなかったアンパン王子。プロ入り後も"松山今日はノーヒット"と特に活躍をしてない日に記事にされるのも期待の現われか。しかし最近話題にすらならない。
活躍後は登録名を"竜平"にしたいというダチョウ倶楽部に喜ばれそうな夢を持つ。早いうちに誰か引き止めてあげて欲しい。
ファームで長らく4番を任されていることからも球団からの期待は大きいことがわかる。ただ、カープの2軍が信じられないほど、ぶっちぎりの最下位なことが気になってしょうがない。
11年、一軍でもコンスタントにヒットを重ね打率を稼いでいる。が、得点には繋がらない。
12年はオープン戦首位打者となるもシーズンではいいとこ無し。
13年は遂に一軍に定着しコンスタントにヒットを量産。しかし4番とまではいかない模様。
一部の噂で佐賀の緒じいちゃんに背番号を勝手に強奪変更されたとかバキューン!!をされたとか言われているが、真相は定かではない。まあそれほど期待されているということである。
(49)天谷宗一郎
新球場に向けた機動力野球の申し子として抜擢されたカープのニュージェネレーション。高校時代は北陸のイチローとも呼ばれた韋駄天。特技は二ゴロと、行ったかと見せかけたライトフライ。
相方の赤松と違って肩と守備はお世辞にもいいとはいえないが、同様にその爆発的な走力を生かした守備範囲は圧倒的。酒は飲めないのに、ヒーローインタビューでは美味しい酒を飲んでくださいというコメントを気に入って使っている。堤真一に似ている。
09年、開幕直後こそ揮わなかったものの三番に据えられてから打撃が覚醒、攻守両面にわたって八面六臂の大活躍を始めたと思った矢先右手由宇鉱骨を骨折、今季中の復活は絶望的になるものの驚異的なスピードで復帰。なんか最近打ちまくってるけどチームの勝利には結びつかない。ご愁傷様です。
2010年8月22日の横浜戦でハーパーのホームランを強奪。全米デビューとはならなかったが、そのプレイの際広告が大きく映っていたフマキラーから大量の売れ残り謝礼をプレゼントされた。
2011年前半戦はヒウィッヒヒーに夢中になりすぎてアホと仲良く幽閉中。
その後2年間はまともな活躍が出来ずにいたが、2014年6月15日のロッテ戦で2年ぶりの先頭打者ホームランを放つとついに覚醒。右投手専用1番バッターとしてコンスタントにヒットや四球を連発してる。なお、左投手のときはお察し下さい
もうカープは担ってる!明日が来ないだけだ!
(51)鈴木誠也
「神ってる」男
電光掲示板の表示は鈴木誠。鈴木将光との関係性は全くない。高校時代に通算43本のアーチをスタンドに叩き込んでおり、50m走5秒8と俊足でもある。その俊足と長打力を活かし一軍で活躍できるのか期待。
13年は11試合、14年は34試合と地味な成績で終わってしまう
15年、地味な成績に危機感を感じたのか、自己最高の94試合に出場。
レギュラー争いを繰り広げる野間とはライバル関係であるにもかかわらず、アベックホームランを打った時はベンチで抱き合って喜んでいた。これにはカープ女子もぴー
鈴木将光が引退したことによって電光掲示板の表示が鈴木になる。
2016年の交流戦ではオリックス相手に3試合連続の決勝ホームラン、監督も大絶賛し「神ってる」が生まれたのだった。流行語大賞受賞。

脇役[編集]

投手[編集]

(12)九里亜蓮
中学時代は不良グループに入るほどの悪ガキだったが、祖母の支えによって無事更生する。
自身が2位指名された13年ドラフトで1位指名の大瀬良はライバル。実力では大瀬良に劣るものの顔立ちでは負けていない。AV業界から誘われたこともある。
(22)中村恭平
一軍でも二軍でも試合に出るたびに負の方程式が自動で起動する運のない人。
(53)戸田隆矢
「へた」とは読まず「とだ」と読む、したがって投球は下手ではない。
2軍では先発の顔。
13年までは一軍から声をかけられることは殆どなかったが14年はいきなり30試合に登板という無茶をしたが4勝2敗、防御率3.32と割にいい成績を残した。何があった?

捕手[編集]

(32)白濱裕太
練習試合なら城島2世なんです。わかってあげてください。2011年、やっと1軍で出場。
2014年、好投するとことごとくムエンゴに遭うかわいそうなピッチャーの専用女房としてKURAコースを闊歩中。なお、打撃はお察し下さい
同年、プロ11年目にして初めてのホームランを放つという珍記録を達成した。
(61)磯村嘉孝
先輩である堂林と同じ道を歩んできたストーカー

内野手[編集]

(0)上本崇司
阪神タイガースに所属する上本博紀の実弟。
守備に関しては超一流だが、悲しいくらいに打撃が下手。
現在はカープお笑い兼水掛け担当。仕事をしなさい、仕事を。
(10)岩本貴裕
岩キャノンと呼ばれる砲台。ウリは振り遅れ逆方向に強い打球が打てることらしい。
初スタメン第一打席で脳裏に焼きつくようなプロ初安打を放ったので将来を期待するファンも多いが、でもなんかどんどん使えなくなっていってる気がするが、気のせいだった。
2012年、戦線離脱したニックの代わりとして交流戦大活躍、6月の月間打率1位を記録。このまま続いてくれと誰もが思ったが案の定、また打撃不振に陥り由宇送りに。いつになったらシーズン通して活躍するのか。
2013年は後半に出てくるまで松山と等価交換、暫く出番がなかった。
(60)安部友裕
アッペ。東出量産機の使えないモミアゲ。同じように守備位置たらい回されてて同じように守備がゴミクズな中谷・松本・小窪(梵)あたりより劣っていたが、庄司の入団で尻に火がつき猛チャージ。はたして、その俊足で1軍の切符をつかむことが出来るだろうか。とかなんとかいってたら16年はホントに覚醒。広島のサードと言えば真っ先に名前が上がるほど人気も実力も大幅にアップした。年俸1億にこだわりがあるらしい。しかし今の年俸はうわなにをするやめrくぁwせdrftgyふじこlp

外野手[編集]

(00)中東直己
俊足で、捕手も外野手もこなせて、打力も高い器用貧乏ユーティリティープレイヤー。のはずなのだが、いまいちパッとしない。活躍すると不幸に見舞われるからか、いやいや。
最初外野手だったが、石倉程度しかいない不毛地帯だった捕手に転向したものの會澤の台頭でお役ごめんとなり、10年から外野手に復帰。直瑛になったり直己なったりなんなんだよ、めんどくせーな。
(50)高橋大樹
2012年にハズレドラフト1位で入団。
いかにも野球小僧という面構えで、イベントでは毎回イジられている。
(35)下水流昂
いかにも面白い名前で入団。
赤松と天谷を足して2で割ったような奴らしい。
2013年に1軍に2試合だけ出場した。
本家スペランカー並みによく怪我をする。
(43)土生翔平
長打こそ少ないものの、左右に打ち分けるバッティングでコンスタントにヒットを量産、2軍で。
得点圏打率も高いのに何故か一軍に上がれない。

スタッフ[編集]

一軍[編集]

(79)緒方孝市
現役時代は1億円プレーヤーとして球団財政を傾けさせた活躍した、盗銭盗塁王。足腰の衰えからゲッツーすら打てなくなり、満を持して2009年限りで引退。その引退試合における3塁打と、本塁壮絶死はファンの間でも語り草となっている。奥さん、子ども涙。ついでに引退試合の際キムタクが打ったフライの球が偶然緒方に落ちてきたという珍事はあまりにも有名。
ノムケン政権下では、ユニフォームを真っ黒に汚す方法を若手に教えながら、引退記念グッズやDVDで最後の荒稼ぎしている。なお、身を引く前からコーチを兼務しており、09年の春季キャンプでは若手の走塁意識改革を掲げていたが、その割に盗塁数が検閲により削除
2012年までは三塁で壊れた信号機をしていたがノムケンの慈悲で翌年から2014年まで打撃コーチに昇格。
2014年シーズンオフにノムケンが監督を辞任したことにより2015年から第18代新監督に。まぁ新井さんいるだけマシか。
2015年はクソみたいな迷配で堂々の4位に転落。
2016年またクソみたいな迷配を見せるかと思いきや名配に覚醒。リーグ優勝してしまう。ファン歓喜。日本シリーズは本拠地連勝で弾みをつけての4連敗。ファンのテンションはもうジェットコースターである。
(71)高信二
ヘッドコーチ。
現役時代はスーパーサブとして渋く活躍。しかし三塁コーチになってからというもの、無茶にもほどがあるタイミングでのバンザイ突撃、本塁突入を指示してランナーを殺すのは、もはやお馴染み。もっとも送球が逸れる可能性、後続の打者の信頼性で判断は大きく変わるために、なんでもかんでも批判してはいけない。だけど2009年開幕戦の中東はかわいそうでした。
(72)東出輝裕
粗いさんとお笑いコンビ魔の三遊間を組んでいたが、セカンド転向したらベストナインに選ばれた演技派芸人。守備が普通になったおかげで盗塁練習してる暇が出来たらしく最近はまあまあだよ。首脳入りおめでとう。
阪神のお笑い担当今岡誠の弟ともっぱらの噂。最近めっきり剃り込みに切れが出てきた。チビ、天才などの愛称がある。
オーナーお気に入り。06年にはほとんど全ての成績で上回り新人王も獲得した梵と査定が同額など、その偏った愛情が表れている。
FAが見えてきた瞬間、通信教育で早大に入学したり、打撃フォームを見直し首位打者争いをするなど人生に俄然やる気を出してきた模様。最初からやれ。
FA権を習得したらしたで、粗いさんと同じように1軍に上げようと大金と機関紙A&Bを総動員して誘ったものの、「巨人阪神中日がすごくお金をかけて集めてる」から始まる有名な件を言っちゃてたせいで「カープで日本シリーズに出場したい」「必要とされる限りはカープに残りたい」と生涯カープを貫く羽目になってしまった模様。
その後2013年、キャンプ中に靭帯を断裂。シーズンを棒に降った上に走れなくなってただの単打マンに。おまけににセカンド周辺を占拠されたせいでますます出番が無くなっている。
そのため2015年から選手兼2軍野手コーチ補佐に。
シーズンオフに現役引退を表明し、打撃コーチに専念することになったとさ。
(75)廣瀬純
いつまで経っても始まりの鐘が鳴らない「広島伝説」。
強肩外野手。「使えないモミアゲ」は安部にあげました。そろそろ首が危ういなんてとんでもない。「現役選手中過小評価されている選手の筆頭」なんだそうです。チャンスが回ってこないんです、ファンの方は少しだけ分かってあげてください。
2009年は復活を懸けて奮闘中。紅白戦でマルチ安打を連発しておりオープン戦2試合目でも4打数4安打と大爆発。けどペナント前に燃え尽きないか不安・・・とファンが心配していたら案の定、オープン戦中盤でスランプになり開幕1軍を勝ち取ったがサッパリ打てずすぐに2軍に落とされた。
2010年は入団10年目にして謎の打撃開眼で3割到達、守備でもGG賞をとってしまう。
スポーツ誌等では「瀬純」と表記されてしまうくらい影が薄い。
2011年開幕時は堂々の三番として定着、首位打者だったり打点王だったりイチロー顔負けのレーザービームやったりととんでもないことになってカープ絶好調の立役者となっていたが五月中盤右太ももに大怪我を負ってしまい離脱。それからのカープは三試合連続0-1完封負けや50イニング無得点など暗黒落ち、あっさり借金生活に逆戻りしてしまった。はやくかえってきてくれー!
特技は死球。マグネットと言われるくらい球が当たる。2011年は規定打席に届いてないにも関わらず死球数はセ・リーグNO.1だった。本人も死球は自分の持ち味と言っている。怪我するなよ・・・
2013年4月26日に「15打席連続出塁のプロ野球新記録」を達成。思わぬ形で遂に「広島伝説」になる事が出来たのだった。ちなみに記録達成には「死球3」と相変わらずのマグネットぷりを見せつけ、新聞各紙には「瀬15連続出塁」等と相変わらずの影の薄さを見せつけた。もう登録名を瀬にしたら?
2016年に引退したが、2017年のシーズンオフに退団した石井打撃コーチの背番号を受け継ぐためコーチに就任。
(78)畝龍実
名前が「畝」だけあって、身体が非常にウネウネしていたのでこの名前になったかもしれない。
一軍で活躍できなかったが高い分析能力に定評があったため、一軍投手コーチにちゃっかり就任。
金本が課題としていた左投手の克服を手伝ったらしい。
(91)迎祐一郎
むかえ、である。ゲイとは読まない。従ってゲイでもない。
その昔、イチロー在籍最後の年にブルーウェーブに入団した祐イチローは、三冠王に輝くなど、如何なく2軍の帝王として野球界を賑わせた。広島に来てからは、由宇一郎という愛称も与えられ、2軍での成績はうなぎ上りだ。
しかし、そんな彼の栄光も潰える時が来てしまった。12年、1軍で8年ぶりの猛打賞、1試合2本のHRを放つと、1軍からのお迎えがやって来たのである。迎だけに。
ファンはその姿をもはや別人と見据えこう言い放った。「あれは・・・イチグンノテイオーMUKAE!?」
安打成功率が低いためついに2割以下になった。
14年、戦力外通告を受けたため引退かと思いきや、そのまま1軍打撃コーチ補佐に就任。なんでやねん!

二軍[編集]

(72)水本勝己
二軍監督。っていうか誰?
(73)小林幹英
投手コーチ。若い頃は独特のフォームで活躍するも、その後はやっぱり故障に悩まされ、結局引退。
出身高校がドカベンの明訓高校のモデル校という事もあり、水島先生のお気に入りである。プロ野球編では、山田太郎と死闘を繰り広げたりもした(ちなみに高校時代にも)。コーチとなった現在でも、「あぶさん」ではホークスの相手がカープの場合には、必ずといっていいほど登場する。字ヅラがコバマサに似ていなくもない。
(87)澤崎俊和
エース黒田と同期の逆指名組で現在は投手コーチ。若い頃は黒田がライバル心を剥き出しにするなど、熱い関係だったが、ルーキーイヤーからまだ体も出来てないのに酷使されたため、怪我などの理由で早く引退してしまった。
生粋のガンオタで、プロ野球ニュースで女子アナ3人に囲まれながらガンダムを語っていた。
土曜日には選手の指導とか、どうでもいいから6時前にはぜひ家に帰してあげて欲しい。
(88)佐々岡真司
広島の投手再生工場長。最近は佐々岡塾と称しもうないじゃんK-中村Mr.15勝ら四球病発病者を治療する傍ら、毎年やって来る新兵の教育にあたっている。
馬面が自慢のにらめっこのプロ。彼とにらめっこをして勝った者はいないという・・・。
ロジンバックをつけすぎなため投じられるボールは煙たいほどの白煙を上げるが、別に球が速いわけではない。07年に惜しまれながらも引退。村田に引退ホームランを打たれた人の一人。
2014年までは解説者の傍ら、新年のカープ釣り番組の長として君臨している・・・が、2013年は横山に出し抜かれた模様。
2015年から二軍の投手コーチに。なぜ二軍から?
(92)森笠繁(ときめきめもりかさ)
藤崎詩織よりもリブ・タイラーらしい。ちなみにバットは伝説の樹で作られている。
浅井と共に2000年代前半の下位打線の中心的存在で、かつ2000年代前半の結局白濱以外全部潰れたドラフト選手の生贄になったある意味不憫な経歴を持つ。が、本人も突出した成績を残せなかった為にそこは仕方ないというのが妥当だろう。足とか、たまに見せる謎の長打力とか・・・(穴埋め
若手の台頭により活躍の場を失ったためFAを考えるが、この日までに森笠には他球団からの連絡はなかったを怖れるチキンハートだったのでトレードを志願する。
何とか地元横浜が名乗りを上げたものの在籍2年であっさり戦力外。現在は三軍コーチを経て二軍打撃コーチに。

三軍[編集]

(82)浅井樹
三軍総括コーチ。打つときの右足の上げ方で人気を得た。
2006年に巨人戦だったか?代打で送られた際、送りバント失敗で易々と1死献上。その為にマーティからの信頼を失ったので引退。←浅井に送りバントとは正解なのか?
その引退試合では代打で安打。しかし、が、長年一緒だった彼のためにこの試合勝とう、と奮起しすぎて皮肉にもかえって自分が目立つという事態に。その後の引退セレモニーで両者泣いて抱き合った。
(86)菊地原毅
三軍投手コーチ。
中日のあの人に似てなくもない。
現役時代はトレードで広島にくっついたり離れたりを繰り返していた磁石人間。
(93)青木勇人
西武とのトレードでやって来た。トレード自体、もってけ!ソールイおうかと思われたが今でも適当に活躍している、敗戦処理で。
同じ青木姓(ペローン)がいるため、名前から「勇者」と呼ばれる。強打者を討ち取ることで経験値を得て、レベルアップを企む。07年では疲弊する中継ぎ陣の中で大車輪の活躍を見せ、あまりの安定感に一時はうんのよさ:255と、カンストしていた。
10年に内川獲得資金調達の大量リストラに巻き込まれ、引退。現在は三軍コーチで頑張ってるらしい。

スカウト[編集]

苑田聡彦
1977年に現役引退し、スカウトとして球団に残り、東日本を中心に活動。江藤智、金本知憲、嶋重宣、黒田博樹、大竹寛、永川勝浩らを入団させた凄い人。2006年からスカウト部長に就任、その後スカウト統括部長に就任した。
近藤芳久
二桁勝利もあげたのに今じゃあ誰も覚えちゃいない。あっ、思い出した?
田村恵
「たむらめぐみ」とは読まない。
94年にドラフト6位で入団するも現役時代は目立った成績はなく02年に引退
04年ごろからカープのスカウトとして活動。
大瀬良を引き当てたことでも有名。赤いパンツの人。
鞘師智也
09年に1、2軍でランニングホームランという珍記録を成し遂げた。しかも2軍のはレフトオーバーランニング満塁本塁打、ありえません。
10年、内川獲得資金調達のために路頭に迷う。かと思ったら、さりげなくカープのスカウトに転身したようだ。
なお姪は次期エース候補らしい。そのうち球場でライブでも開くかもしれない。
尾形佳紀
通称:若い方のオガタ。05年前半の働きを見てもわかる通り、能力は非常に高い。ただし、いかんせん怪我が…。なんつーかカープには怪我に弱い選手が多過ぎる。それが今の連続Bクラス記録の原因だったりもする。
靭帯を2度も切っておりながら生き残っているある意味すごい選手。
2007年に初のサヨナラHRを打つ。ちなみに打った投手は翌年解雇。彼自身も翌々年戦力外。野球選手からただのイケメンへ。
かと思いきや、スカウトに就任。関東地区を任されるなど、何気に要職に就いている。※ただイケ
末永真史
とっとこハム太郎
趣味は怠慢守備。
数年前はおいしい場面を掻っ攫っていくお祭り男だったが、虚弱体質が祟り数年にわたって暗黒期。最近になって覚醒したっぽいが、ブラウンお気に入りのピザの置物においしい場面を持っていかれることもしばしば。打てる時にスタメンで使わなかったので、怪我で確変終了してしまいましたとさ。
未成年だった若手時代に堂々喫煙していたがFAで出て行かない限りそれで叩かれることはないだろう。
なお、好きなテレビ番組はプリキュア。森笠二世かもしれない。
2012年に戦力外。ヨシノリ二世でした。(血涙
同年からスカウトの九州地区を担う。
シュールストロム(ベイル)
あれ・・・いない・・・・
シュールストロムは影で広島に有望な外国人を誘い込む、スーパースカウトにクラスチェンジしていたことは有名。
しかしながら某在京強奪球団のヘッドハンティングを球団への恩義から拒絶した姿は、まさにおバカさんと言えよう。
彼が送り込む精鋭たちはシュールストロム便の銘柄で取引される。皮肉にもその才能の一部が、後にカープを苦しめることになっているが・・・。
マクレーン
シーボルの不振、いやそれ以前に打線全体が低調なため急遽2000万円で買ってきた、西武にいた人。なんとこれでスコットという名前は3人目である。
来日初試合で損交通費2000円(実費補償)からいきなりホームランを打つもその後低調。マグレーンとかマモレーンとか揶揄され、ゴリラのお荷物と4,5番を不法占拠してると言われる始末。
そんな感じでいつの間にやらいなくなってると思ったら、いつの間にやらシュールストロムの手下同僚として駐米スカウトに就任していた。
日夜アメリカを這いずり回り、有望な選手を報告してるのだとか・・・。

球団関係者[編集]

松田元(球団オーナー)
暗黒の化身。老後の年金及び趣味としてカープをリアルやきゅつく経営するお気楽なお方。マツダの創業者一族であり筋金入りのボンボンだったが、マツダの経営改革の際に厄介払いされた。
捨て扶持として松田家にカープ球団が与えられるが、松田元がオーナー代行に就任した80年代後半からチームは下り坂に差し掛かり、しかも正式なオーナーとなった02年以降ともなるともはや出口のない連続Bクラスである。
なおオーナーになった当時は老けた外見に反してまだ50代(1951年生)であったが、もうオーナーに就任して10年以上たつので、外見に年齢が追いついてきた。しかも未婚。ワシの経営はもうちっと(10年以上)だけ続くんじゃ
読捨鍋常が世間で叩かれているのを尻目に言いたい放題やりたい放題。マスコミ(って言っても在広のみ)ではやたらにいい人を演じている。それどころか成績不振については、「俺は被害者だ」と言わんばかりに球団を非難。これを偽善者と呼ばずになんと呼べようか?金欠昔の阪急が合併について、賛成でも反対でもなく球団のオーナーでは唯一棄権したから英雄扱いされていたが、これには裏があることは言うまでもあるまい。
井生崇光
(=゚ω゚)ノぃぉぅ ぃぉぅとか硫黄とかHOIとか生活感とか愛称が多い
アホ松やもみあげ魔人の故障もありちょくちょくスタメンになったりしてる遅咲きの生活感系アイドル。打率はいいんだけど得点圏にランナーがいると途端に打てなくなっちゃうチャンス×男。守備ではマスクも被れるらしくPを除く八ヶ所全て守れるそうだけどもっぱら外野で廣瀬なら、赤松ならって言われる。
ゲッツーの化身の生活感あふれる教えを実践するのが最近のマイブーム。
井生!井生!ああ俺だけのいおううわあぁぁぁぁん!
2013年からは球団職員になりました。
林昌樹
ファミスタか魔送球かなにかとしか思えないくらいの凄まじい変化を見せるスライダーが武器。でも08年はあまり活躍できなかった。
09年は勝ちパターンではないもののいたるところで登板し、他人の残したランナーを掃除する清掃員としてがんばっていたら由宇閉になった。
由宇でも優秀な清掃員だったが、何故か一軍行きに。
11年オフに引退。その後は球団職員で頑張るらしい。何の職員だよ。
山本芳彦
ヤマモトヨシヒコハ イサマシク ニチナンキャンプニノコリマシタ
ウチダコーチノ ヒャクキュウティーダゲキニ ウッウーとウナリマシタガ
シンデモ テープヲクチカラ ハガシマセンデシタ おい、コイツ、栗原よりも自分がイケメンだ。とかいってたぜ。鏡を見てみろ。なでしこJAPANのキャプテンにそっくりじゃねーか。
岸本秀樹(氏ね様)
通称「きっしゃん」。木村昇吾とともに小山田とのトレードで広島に入団。
150km台の速球派投手。某所のコメント欄によると「制球力や変化球が課題だが、150キロに迫る速球は威力十分」らしい。でもそれってストレート以外に能が無いってことなんじゃないだろうか。
移籍1年目の2008年は登板数を大幅に増やし、勝利の方程式とまではいかないがまずまずの活躍。7月9日の中日戦では3イニングを5三振含めてパーフェクトに抑えるなど素質は十分なようである。
ところが2013年に戦力外通告を受ける。2014年から広島のスコアラーに転身。

OBの皆さん[編集]

青木高広
極度に勝ち星に恵まず、好投して勝ち投手の権利を得ると、かなり高確率で中継ぎやNG川に勝ち星を消されまくる、名前もまともに呼んでもらえない、トコトン運の無い男である。
同年入団の宮崎とよく間違えられる。
08年も主にローテーションの谷間になり勝ち星が1つも付かなかったことから、今もペローンだと捨て試合との言われよう。貧打さえなければ、それなりに勝てると思うのだが…。
野球少年が真似したら確実に指導者に叱られるであろう変な投げ方(=ペローン投法)で投げる。
ちなみに2007年QSを10回したが1回も勝っていない。また、勝ち投手の権利を5回も(特にNG川負浩に)消された。
10年からフォームが少し変わり、一部のマニアからは「ペロネード」と称される。
某なんちゃって野球ゲームでは、なぜかウグイスコールが「タカギ」になっている。
11年はもっぱらリリーフに降格戻った。フォームもさらに低くなり、謎の安定感を発揮している。こいつはこいつでもう分からない。
と思ったら12年はキャンプでスペってオープン戦すら出られず年内復帰絶望、更に穴を埋めるべく移籍してきた投手がただの広島ファンの兄ちゃんだったお陰でチームはほぼまともな中継ぎ左腕不在という事態に。
2013年4月28日に某ウサギ球団へ交換トレードされちゃった。今までお疲れ様でした・・・
阿南準郎
いわゆるアンアン監督である。
古葉竹識監督の後を受け継いだ。
安仁屋宗八
1960年代~1970年代に活躍した沖縄県初のプロ野球選手。知っている人はほとんどいない。
一時期、安仁屋サンタだの巨人キラーだのいろいろ呼ばれているがファンの間では「アニやん」と呼ぶ。
今でもお酒が大好きなおじいさん。
2016年2月6日のキャンプで臨時コーチをやったが「お前らもっと飲みに行け」「死ぬまで走れ、死ぬことはないから」という珍指令を出す。
新井宏昌
現役時代は小技の名手として活躍し、引退後は今は亡き神戸の青波球団にて鈴木一朗を育て上げるなどの約20年のコーチ歴実績を持つおじ様。ただし全てパ・リーグである(本人も開幕前何度も不安視していた)。
久々の打撃部門の外部招集コーチという事や、弱小球団にありがちな粗いプレーを払拭できるかが期待された。
2013年は前半戦こそ去年と変わらず結局浅井がやってたのと変わらんと言われていたが、○△□×オープン戦専用機のアンパンを覚醒させスタメンに定着させフル回転させる事に成功、交流戦後もアツ堂林のせいでますます影の薄くなりかけたボボゲーム後半の堂林専属介護師だったキムショー何だかんだで毎年帳尻打撃がやってくるウータンなどを毎月立て続けに打撃開眼させるなど、何だかんだで1点差でも負けない勝負強さを教え込んだ功績はあるんじゃなかろうか。
やたら顔や喋り方全体から良い人オーラをかもし出している。が、甘えや人情に乗って調子に乗りやすい岩本は逆に気が緩んでしまったよう気がしないでもないが・・(後半からはコイツも頑張ったけど
とりあえず来年の新年ゴルフでの実力も気になる。
・・・え?新井さんって名前前にカープでも聞いた?やだなぁ。冗談はよせ(戒め
2015年に退任しました。
池谷公二郎
「いけたに」と呼べそうだが正しくは「いけがや」。
「シーソー投法」または「ぎっこんばったん投法」と言ったら分かるかな?
安仁屋宗八と同じく1970年代に活躍した。
池ノ内亮介
入団当初は育成選手として入団。
11年のフェニックス・リーグでの投球で評価されたり、13年に派遣先である愛媛マンダリンパイレーツで先発の一角として登板し、チーム最多の12勝をマークしたことなどが評価されるなど素質は十分のようである
13年シーズンオフ、正式に支配下登録。おめでとう。
ところが支配下登録されてから2年後の15年、戦力外通告を受け引退。
石井琢朗
あの横浜ベイスターズから無用扱いされ、カープが引き取った廃品。通称ハマの戦力外
入団会見の時に「赤く燃え尽きたい」と語っていたが、蓋を開けてみたら既に燃え尽き青白い灰になっていた。ヨギとかボボとかの師匠になるつもりらしいけど、二人とも既に改善の可能性は検閲により削除。アイドルと結婚後に女子アナと再婚→単身赴任の道へ。蒼き日々に夜な夜な喰いまくった代償は大きく、より毎日ブログの更新を義務付けられ夜の行動を監視されている。挙句にこれもの命令で40歳を過ぎて選手寮生活を余儀なくされている。
11年6月1日、1番ショートでスタメン出場。ウグイス嬢の一番ショート石井琢朗のコールに界隈はにわかに盛り上がりを見せた。
既に燃え尽きたと思っていたら、守備で貢献したり、代打で打ったりと地味にいい仕事していた。2012年、古巣の本拠地にてバットを置く。
2014年までは一軍守備走塁コーチで、ファースト横でグラサンをかけて若手をナデナデする仕事をしている。あとブロガー。
2015年からは打撃コーチに就任。
上野弘文
薩摩の国からやってきた西郷どん。心なしかフォームが大竹似。
主に敗戦処理やかなりリードしてる時の勝戦処理として年間を通じて活躍。とはいえ次期セットアッパー候補としての期待度は高い内容であった。
2009年もいたって地味。気がついたら1軍にいてたがあっという間に由宇ターン。
梅津智弘
06年は中継ぎで防御率1点台、08年は23試合連続無失点の球団記録を作った隔年で活躍する中継ぎ。
09年は外れ年かと思いきや防御率一点台の活躍を見せる。が、酷使とルーズショルダーが祟りシーズンが終了してしまった。
モデル並の体格を持つ。実際、大学在学中に「雑誌のモデルをや ら な い か」とスカウトされたこともあったらしい。
10年は黒虎に滅多打ちにされた。
1軍で輝かしい活躍は全くないまま戦力外、気が付いたら楽天に移籍していた。
江草仁貴
左腕補強として、西武から赤ゴジラを放出して引き取った。しかしそこにいたのはかつてのSHEの姿ではなく、ただの広島出身のカープファンであった。
ロンドンオリンピック銅メダルを取ったバレー選手と密かに結婚していた。
江藤智
叱られるけえ内緒じゃけど、わしは当時から裏切り者と思っちょらんし今も好きじゃしもう一花咲かせて欲しいと願っちょる。しかし彼は豚のために、発する言葉(鳴き声)は「ブー」とか「ブヒー」等なので、ブーリンガルと言う豚語翻訳用機械を用いて、なおかつ広島弁に訳している。
江夏豊
暴力団顔負けのコワモテ。大野を殴り、大野の母に謝りに行ったエピソードは有名である。ヤクやってサツにパクられた。まさに「本物」である。
「江夏の21球」は江夏の凄さの代名詞とされるが、実際は9回裏に投げた21球でノーアウト満塁のピンチを作って0点に抑えたマッチポンプである。NG川だったらそのままサヨナラ負けまで行ってしまうので、やはり凄いのかもしれない・・・。
大下剛史
カープの権力者の一人。達川が監督のときにヘッドコーチをして、選手をしごいて潰したのは有名。
ちなみに、達川の高校の10年先輩であり、達川が頭が上がらない人物の一人。
大島崇行
前田健→大島と言うAKBを意識したおもしろ継投要員。2014年、本家の卒業とともに戦力外。
大竹寛
大竹
ひろしではない。
大ケケ神竹という双子の投手の総称。試合前にじゃんけんでどっちが登板するか決めている。
大ケケは、2軍以下のピッチングで5回まで持たず、ボール先行でカウント悪くして四球を出すか痛打されて大量失点して試合をぶっ壊すヘボピッチャー。降板後のコメントはこの反省を次に繋げたいと言うのが多いが、何回同じような反省すれば良いんだよと9割のカープファンが思うほど繰り返す。試合を投げて、怒ったファンから弁当を投げられたのはこっちの方。
神竹はダルビッシュ有クラスの投球をし、ファンの間では広島のエースと崇められる名ピッチャー。黒田博樹の魂を継ぐも、30回連続無失点しながら勝ち星がついてこないという無援護まで引き継いだ。08年には初の開幕投手に選ばれるも2323にHRを打たれたり、何だかよくわからない名前の投手に勝ち星を消されたり、散々だった。しっかり1失点完投負けを達成している。43回連続無失点とかやらかしたのはこっちの方。
外見がまったく同じなので、ブルペンでどっちが投げているのか判別は不能。大博打である。
二人いるので疲れないからなのか、長谷川や小山田と違って毎年先発で規定投球回入りしてるのは偉い。
2chに新垣結衣と交際しているとのスレが立っているが真相は定かではない。蒼井そらがプロ野球版ビックリマンチョコを買ったらいきなり出てきた。
10年には調子に乗ってキャンプで投げ込んでたら肩を痛めて離脱。早期復帰を後押ししようとした煮干に尻を叩かれたらケツが割れたらしくそのまま失踪
11年にひょっこりと1軍に合流、みなが彼の帰郷を喜んだのも束の間。いい年した男の愛のビンタが大竹さんを襲いそのまま行方不明に…。
12年は年明けに遂に嫁さんを貰うも長年終身名誉童貞という印象を与えられていた為か信じてもらえず。しかしそれが原因か前半戦を大幅に勝ち越し、1000投球回達成、あまつさえオールスターにも出場するなど久々に大ケケさんベンチ入りのシーズンとなった。でも阪神には弱い。
13年は10勝10敗という雑な成績を残しシーズンが終わったが、カープ愛が全然なかったのかFA権を行使し高く買い取る軍団に移籍となった。
しかし、人的補償としてやってきた一岡が大竹以上に活躍しているため、金満球団は大後悔。
ついには、「大竹は一岡の人的補償」というブラックジョークまで出てきてしまった。
大野豊
いわゆる煮干で、2010年~2012年のヘッドコーチ。おそらく監督よりもエライヒト。再建と称して貴重な投手を300球投げ込みで潰すためにやって来た。あと今村はワシが育てた。でも現役時は、とにかくスゴイ投手だった。
非常に特殊な投球フォームのサウスポー。引退しても体格がほとんど変わってなくて140km/h前後の球を投げられるらしい。「投手、俺」のフラグか。現役復帰させてもハマに居たオジサンよりスゴイかも知れない。
ちなみにルーキーイヤーの成績は防御率135.00
某カープ芸人の影響で大野の投球フォームでツッコミを敢行する『大野ツッコミ』が一時選手内でも流行ったという。
2012年は両者10得点圏で勝利したヤクルトとの馬鹿試合以降、体調を崩しブルペンに下がったりしていた。
ちなみに広島が試合で負けた日は「Oh No~!」と嘆くらしい。
小山田保裕
別称「コウタくん」。02年全般、06年の序盤とやたら活躍してくれる時期があったが、それ以外はさっぱり。ケガのためか、1軍に居ることは滅多になかった。いつのまにか横浜にトレードされてた。
金本知憲(偽鉄人)
あれ、ここカープOBの項目なのに、なんで五代目ミスタータイガースがいるの?
河内貴哉
かつての高卒一億ドラ1大物左腕。オールスターに出たことあるくらいの投手です、ちゃんと覚えておいてあげよう。04年には8勝を挙げたが、その後フォームを崩して大手術。育成まで落ちた後、5年ぶりに一軍に帰ってきた。
上記の通りこちらも既に壊れており現在は球速も落ちて、ついでに髪も抜け落ちて、ワンポイント起用も増え当初ファンからは思い出登板と期待値は薄かったが、それでも抑える上に左腕であることからまだまだ活躍の見込みはあるんだろう。多分。
10年後に入ってきた後輩高卒ドラ1カピバラとは仲が良いらしい。反面教師として学んで頂きたいものである。
15年シーズンオフに戦力外通告を受けたので潔く引退。
川口和久
Gキラーなのに、Gに行って低迷。ファンからは裏切り者とやじられたこともある。しかし、Gに行って低迷という事はやはりGキラーである。引退後は公営ギャンブル評論家として活躍するが、2011年からGの投手総合コーチに就任し、国際テロリストや電波男こと検閲により削除2世を養成し、Gの投手陣崩壊に貢献する。コーチになってもやはりGキラーである。わかって下さい。
衣笠祥雄(鉄人衣笠)
正直、現役時代は活躍の割りにはあまり注目されてなかった。国民栄誉賞をもらってからやっと注目された感は否めない。そうでなければただの猿いやゴリラか。ファミスタ一弾では三番でホームランも良く打つ。巨人のON砲に次いだ山本浩二とのKY砲としての印象が強くセット売りな人物。2215試合連続出場の日本記録はいまだ破られていない。
ちなみに趣味はフルスイングで三振をよくしていた
喜田剛
2007年5月に阪急から山田真介とトレードでやってきた選手。勝負強いバッティングを見せるが、守備では魔の三遊間を思い出させるザルっぷりを披露してくれる。フォームがガムくっちゃくっちゃに似ているのは禁句だ。
※ちなみに新井を頂戴した阪急どんでんからのお歳暮として赤松真人が送られおり、また2010年に利子のハセガーを付けてオリックスのどんでんに返品した。
北別府学(精密機械)
カープで唯一の200勝投手。投球練習で普通の選手なら確実に体を壊すほどの量をこなすことによって"針の穴を通すコントロール"を磨いた。初代ファミスタではエースであるがスぺックの事情で登録名が「きたへふ」と成っている。
正直、並みの体の投手が北別府を見習った練習をしたところ、体を壊して使い物にならなくなってしまった。沢崎も小林も山内も。というわけでコーチとしては…そういうことです。
現在は広島のテレビ番組で解説をやったり、暇なときにブログを書いたりしている。
家庭菜園と釣りが趣味でブログでもよく取り上げられる
紀藤真琴
亀頭」に関しては漢字を間違えると危ないので気を付けよう。
94年から96年までは活躍していたが、その後炎上伝説が始まった。
木村一喜(考壱朗)
森伊蔵を飲んだのは私です。天野と一緒にミラクルエレファンツに所属していたが辞任。今もどこかで森伊蔵を飲んでいるのだろう。
木村昇吾
横浜から岸本と一緒に小山田とのトレードでやってきた。貧乏球団行きへのトレードを宣告された岸本が複雑そうな面持ちだったのに対して、なぜか満面の笑顔で喜ぶ男。好評のブロガーの傍ら、野球もちょっと嗜んでいる気のいい近所の兄ちゃん。
2軍でもホームランなど大して打ってないのだが、なぜか野村謙二郎のように30本塁打を打つべく日夜努力している。
バッティングはサッパリだが嶋や梵のようには叩かれない。元々バッティングには期待されてない守備が上手いからだろう。
なぜかオリジナルの出囃子曲を作成、なんとCDを売り出す。いったい何枚売れるのだろうか。多分彼の背番号くらい売れればいいほうだと思う。
応援歌は(故)キムタクの応援歌を名前だけ変更して使ったのだがキムタク本人に了承を得ているらしい。
15年、FA権を行使して退団したのはいいんだが、存在価値がほぼなかったため、拾ってくれる球団が一つもなかった。「退団しなければよかった」と本人は思っているだろう。
そんなこんなで16年1月末ぐらいに西武へ移籍した。
木村拓也(故人)
縁もゆかりもない広島に家を建てたとたん球界版象の墓場に売り払われてしまった。引退後に指導者として再起を図った矢先、若くして古巣の新本拠地で息絶えた。ご冥福をお祈りします。
ちなみに某有名アイドルグループにも同姓同名(漢字は一文字違い)の人物がいるので要注意。
倉義和
石原と倉の捕手争いはどっちもどっちなことから、しばしば"低レベルな争い"と形容される。が、2008年はすっかり石原に正捕手の座を明け渡してしまった。
エース黒田の恋女房。肉体関係はない。若くも無いのに急に打撃に目覚め始めた。テツandトモばりのなんでだろうの一つであろう。ホームランは年間1本程度なので奇跡の目撃者は一様に「クララが打った」と涙する。08年に岩隈からホームランを打った3人の内の1人。
石原終了でなんか最近出てるけど…。
2010年、横浜ベイスターズに中途採用された大家投手の日本球界復帰を祝ってあげてた。←高校時代にバッテリー組んでたんだってね。
瀬戸輝信に続く後逸の名人で、ピッチャーはフォークボールを投げる事が許されない。後逸するとSETO同様KURAと言われる。
7番梵、8番倉と続く打順は通称ボンクラ打線、九里とのバッテリーはくりとくらと呼ばれている。
結果的に會澤と石原に正捕手の座を完全に奪われたので広瀬とともに引退し、二軍のバッテリーコーチに就任した模様。
もちろん自動アウト組合の会員。
栗原健太(ゴリラの置物)
ゴリラの置物
ケガさえなければ結果を残す、07年はカープで唯一の三割打者で、08年は100打点を稼ぐほどの4番打者だった、1億3000万円もするパワーストーン充電式ゴリラタイプのフライ量産機。ヘルニアを患ってる自分でも広いズムスタ場外にホームランが打てると思い込んでいるらしい。腰の寿命を縮める前に早く誰か止めてあげてください。
右の画像ほどではないが、最近は筋肉がついてきた。成績の割りに明らかな低賃金に笑顔で契約更改する男。二児の父で片方は女子。長男は認知するとかしないとかの騒ぎ。まさにカープのエロガッパ伝説を継ぐ男。彼自身母子家庭で育ったためか、大家族に対するあこがれは深い。だったらさっさと認知しろよ。週刊大衆による続報が待たれる。
09年もちょっと前まで2軍とCS争いと対戦中頭にぶつけられるまでは、貫禄の4番打者だった。おかげで頭部死球の影響でバッティングが崩れないかと期待するABCのアナウンサーの思惑通りになりました。ありがとうございました。
後半戦は嫌でも復活しないとメジャーどころか1軍昇格も無理だぞ。
11年5月末現在、このままのペースで行くと年間4本計算になる本塁打数を記録している一億円プレイヤーの五番打者。でもヒット自体は割と打ってるから許してあげてください。
が、8月まさかのホームラン数1位という夏ゴリラっぷりを見せ付ける(ソウナノー)。
12年には春先早々不調で「まぁまたスロースターターなんだろう」と思われていたが、怪我を隠していたことが発覚。手術を行い最悪今季絶望の可能性すら見えてきた。
だがその不安を覆すように台頭し出す6月以降の岩本や堂林、エルドレッドなどの存在によりむしろ帰ってくる居場所はあるのか?だの囁かれ始めた。ブログを見る限り本人もちょっと気にしていた模様。割と家族と平和に過ごしているようだ。
13年も成績不振でFA権を獲得したが7日間考えた末で残留が決定し、来シーズンは復活を夢見るが…。
14年、一軍から全く声がかからず。このままだと来年はお察し下さい
15年、去年と同じ上に二軍でも目立った成績が残せず。ついにオーナーがキレてシーズンオフに自由で強制退団。移籍先を探したところ、運よく東北つながりで楽天に拾われた。まあ、新天地でも頑張れ!
黒田博樹
カープの大黒柱。2007年にメジャーリーグに移籍してしまうが、2015年に戻って来た。投球スタイルは真逆になっているがチームの精神的支柱であることにかわりはないのだ。そしてきたる2016年、チームの調子に乗せられて覚醒。メジャー移籍前のように白星を重ねた。そして巡り巡って優勝決定戦の日、なんとローテーションは黒田に回り、一時リードされるも打線が火を吹き逆転、黒田もそれに応えるかのごとく粘りのピッチング。そして優勝。辛いさんと抱き合い涙する姿にファン号泣。オフに引退を表明した。
古葉竹識
カープ6度の優勝のうち、4回はこの人の時。偉大な方。ただ、監督引退後は選挙活動に精を出しており、広島市長選のたびに応援のハガキが(※東京都民の筆者の元にも)来るのは正直とてもウザいのだが。一時期なぜか名古屋共和国の倒壊ラジヲの解説者をやってた。
小早川毅彦
一応元4番打者。野村再生工場送りにされ、開幕戦で3打席連続ホームランを打っちゃったもんだからの選手だと思っている人が多いとか多くないとか。
打撃コーチをしていたが、働かなかったのでクビになった。クビになる寸前まで「純和風」打線にこだわりスタメンに外国人選手の名前が出てこない時期があったが、実際は外国人選手を発掘・育成するのが面倒臭かっただけである。
小松剛
こ・ど・もたちの戦果(6回ウラ)
2009年に千葉ロッテマリーンズに1イニング15失点を許した『こども』の『こ』。
1イニング15失点の時は、たまたま絶不調だったんです。
良い時と悪い時の波がかなり激しく、うちで育てられるかどうか…とか思ってたら早くも中継ぎ転向でぶっ壊された模様。赤KO松としてシュガーと同じ道を歩むのだろう。
齊藤悠葵
赤チェン(おいおいチェンか!)。ファンからは裏ローテと酷評される。でも大本営は絶賛するし今年はずっと1軍にいる、しかもなんか勝ってる。こう見えても07年の新人王候補だったんだぞ。
ハンカチ王子とは漢字表記は違うが同姓同名。悲しいくらいバントが下手。
ルーキーイヤーの06年シーズンの終わりに、1軍初登板の巨人相手に6回1失点と大活躍。ただ、山内、沢崎、小林幹英の二の舞いにならないように、07年はファームで体作りをみっちりさせられたが代わりにフォームを壊された。私たちは過去の過ちを繰り返しません、次は。…多分
佐伯にホームスチールされる、赤松や天谷が村田・ハーパーのホームランを強奪する等、彼が横浜相手に投げると何かが起こる。
佐伯和司
カープが初優勝をする年に主力投手として活躍した。
勝ち越しよりも負け越しが多くあった。
佐藤剛士
シュガー。由宇でも2年間勝ち星のつかなかった伝説の先発。
ぶっ壊されて見る影ないけど昔は最速150キロのストレートが売りで、ビッグ3ていってダルビッシュとか桶井とかと同列に語られてたんだぞ。それが今ではグーリン程度の球速しか出ないらしい、本当に「なにがあったの!?」ってレベル。
10年の内川獲得資金調達のための大量リストラに巻き込まれた一人である。
篠田純平
ルーキーながら3勝4敗とまずまずの成果を出したのに、あややのモノマネをする人に名前が似てる人赤ハンカチ王子の影に隠れてしまったタモリさん。
2009年は前述の二人にも引けをとらない好投で絶賛ブレイクしたものの、酷使でブレイクする。由宇で1軍の雰囲気が味わえるバッティングセンターのマシーンとして試合をブレイクしてたが、また肩をブレイクした模様。何とか治して1軍に上がってきてたが、まだまだブレイク中っぽい。
2015年、戦力外通告を受けたので引退を表明。
嶋重宣
ピザの置物。1軍のマスコット。背番号が55番だったことから赤ゴジラとして期待されていたがお察し下さい。別に打てなくていいからその腹なんとかしろよピザ
当たり前のように三振に倒れた後、のしのしとベンチに帰りドリンクをゴクゴクする姿はもはや定番。
02~03年の頃は「嶋使え嶋使え」と某実況で騒がれ、04年の首位打者で05年のOP戦と08年は活躍したらしいが…、多分市民球場ラストイヤーに見たファンの夢だったのだろう。最近は出場してなくても外野フライが飛ぶと「嶋捕れよ」と言われるが、見た目に反して守備は堅実。あれ?最近痩せた。
しかし、2012年シーズン開幕直前に西のふにんきから東のふにんきに移籍した。スタメンになったものの調子はお察し下さい
正田耕三
カープの飼育していた猿。応援歌はネ申曲。
高橋慶彦とは仲が非常に悪く、口論や喧嘩などが度々あった。
鈴衛佑規
永遠の残留王。
別名、由宇の妖精。
ちなみに、一軍の打席に立ったことが一度もない。
2006年に球団から戦力外通告を受けるも、ブルペンキャッチャーとして残留。
2009年、マナーの悪いトラに拉致された。
鈴木将光
2006年にドラフト1位で入団した、カープファンですら知る人ぞ知ると言われるレア選手。電光掲示板では「鈴木将」
2012年に1軍に1試合だけ出場した。
2013年は開幕前、WBC強化試合で代表の内海相手に3ランホームランを放ち未知の可能性をかもし出したが、以降フェードアウト。
2015年に戦力外通告を受ける。鍼灸師を目指して勉強するらしい。頑張れ将光!
外木場義郎(そとこば よしろう)
完全試合を3度達成した豪腕。しかし当時阪神の田淵幸一の頭部に死球を当ててしまい田淵の選手生命を縮める結果になったのと打者のヘルメット着用が義務化された要因を作った男。死球を当てた後、田淵の病室に菓子折りを持って田淵の父親に謝りに行ったエピソードは有名。完全試合を厨房時代の達川光男が観戦していたらしい。
梵英心
スタメン梵だとなぜかチームが暗黒になる」とか「メッキがはげる前にトレードしろ」と言われているがそこは12年連続Bクラスチーム、そんなことできたらとっくにAクラスになってる。
それだけ小窪・琢朗・松本ファンのみならず一部のファンからものすごい反感をかってるみたいだが、態度が悪いからしゃーない、暴言で由宇閉されたぐらいだし地元出身ってことで甘やかしすぎたね(ニッコリ)
2007年に18本のホームランを打ったせいか、自分が梵ズだと錯覚したらしく落合打法を手本に日々スラッガーへの道を歩んでいたら2008年は極度の不振に陥り、ファンからはクソヨギなどと散々な言われようであった。終盤には梵を象徴する下記のフォームもちょっと変わっていた。そしたらほんの少しだけ打てた模様。
2009年にハマの戦力外と食事をしたところ感化したらしくポップフライ量産機から多少卒業したかに見えたが、ただの交流戦での確変だった模様。だけど「球団としてやってほしい采配」なので試合には無条件で出られる。←でも由宇閉になったよ
基本的にはショートが定位置。のはずだが田中に奪われたので出場機会が減っている。
脳無犬と煮干しにより投手陣が焼け野原にされた途端に、忘れかけていた消化試合の帝王としての実力を発揮する。終戦したとたん打ち出すねこの人は。ついでにプードルとの地味な争いを制して盗塁王もゲット。結果、このシーズンに変則トリプルスリー(3割、30盗塁、30犠打)を達成。座布団運びカープファンと同じぐらい凄いんだよ。
ちなみに実家がお寺の為、引退後はお寺を継ぐ可能性が非常に高い。
高橋慶彦(カープのスピードスター)
女好きが講じてロッテに放出された、カープには珍しい選手。優勝にも貢献したのに、どうやらオーナーと対立しているらしくコーチにも招聘されない。
高橋建
ルイスが帰国したので急遽アメリカから呼び戻した、妙に若々しい39歳のベテラン。2008年前半戦では苦しむ先発陣の中で勝ち頭となり、防御率リーグ1位だった時期もあった。が歳のせいか終盤は疲弊してしまった。
2009年FAで、すべてが大きい国に行ってしまった。前年後半戦の不甲斐なさに腹を立てていた一部のファンが「どうせ通用しねーだろ」などと言ってたが、デビュー戦からメジャー生活はけっこう順調で後半戦も頑張って防御率2.96を残したんだから、クビになり出戻ったって言うなよ悲しくなるから。翌年には引退、お疲れ様でした。その後、広島の投手コーチになるかと思いきや、金本虎軍に奪われてしまった。
達川光男(球界の詐欺師)
デッドボールパフォーマンスは同じ捕手の市川和正(元大洋、現日本生命営業マン)と並び称される。監督は黒歴史である。ついでに監督時に名乗った芸名「晃豊(みつお)」もなかったことになっている。関東の東洋大学に行っていた割には一向に広島弁が治る事がなく(因みに同じ広島市出身で東京の六大に行ってた山本浩二は公の場では標準語で話す)、現役時代の成績は地味で珍プレーぐらいの印象しかなかったが(但しカープ自体は強かった)、引退後はバラエティやスポーツニュースに引っ張りだこで「広島弁のおもろいおっさん」と言う印象が定着していき、推測では現役時代の年俸より稼いでいると言われている。後は初代ファミスタ発売時では丁度レギュラーに定着していたので巷では「名前ぐらいは知ってる」と言う認知度を得た運の良さがある(但し打撃力は低く、足も遅く設定されている)。
なぜか2014年から2年間中日のバッテリーコーチを務めた。その後解説者に戻ってからはUFOおじさんのサブと金本虎軍に奪われた人の穴埋め役を担っている。
津田恒実(故人)
炎のストッパー。彼のストレートは若大将の骨を砕かせ、メジャーへいく1人と思われていた。ところが矢先に脳ガンが発見され、息絶えてしまった(ツーちゃんもう頑張ったからね・・・)。ご冥福をお祈りします。
初代ファミスタでは最速投手であるが抑えなのでスタミナがない。特例で殿堂入りした。
永川光浩
あのNG川の実弟。目立った実績はまったく無いが育成枠一巡目指名されることに。・・・なんかもうフザけ半分で指名してない?
支配下登録もされないまま14年に戦力外通告。何のために獲ったのだか。
長嶋清幸(背番号0の先駆者)
背番号0をつけ始めたのはこの人である。
中谷翼
独立リーグからを越えてやってきた助っ人。前田智徳を唸らせる打撃センスを持つが併殺打。守備は既に営業を終了している。
09年には由宇で三割打ったものの、東出とキャラがかぶるせいか貧打に苦しむ1軍に呼ばれる機会がまったくないうちに右頬骨の陥没骨折。今季中の復活は絶望的になるものの驚異的なスピードで復帰。でもやっぱり併殺打。
10年オフに再び育成選手になる。このままだと多分来年はいない。悲しいことです。
13年に引退。
野村謙二郎
いわゆるノムケンで、2010年から指揮を執る第17代監督。貴重な戦力を素手ノックで潰すためにやってきた。
のルールに関しては全くの無学(どんでん先輩に笑われるほど)。というか野球の戦術においても全くの無学ではないか、と思わせることもしばしば。
解説のウザに定評あり。なお、『野村監督』と言われても世間では、当分『ツンデレのジジイ』を連想される。新監督、奮起されたし。
コマネチ大学と間違われる駒大の後輩である辛いさんに泣きつかれての才能をいち早く見抜き、権力を駆使して嫌がる球団を黙らせて強引なカープ入団を実現させたらしいが真偽は不明。
3年目からはメイショウノムケンという愛称でも親しまれている。元々皮肉と蔑称の意味合によるものだったが、最近はダブルスチール指示から逆転勝ち、スクイズでサヨナラを呼び寄せるなどしているためあながちおかしくもなくなってきた。代わりに付いた蔑称にグショウノムケンなどがある。
あのやたらとお堅い雰囲気の百科事典サイト本人の記事いたずら子供のけんかが起こってしまうあたり、まあそういうことなのだろう。
もとはといえば、実績残したOBにしか監督にさせない球団側に問題があるのだが(名選手名監督にあらず)。
ついには2年連続3位に嫌気がさし2014年のシーズンオフに辞任を表明。
野茂英雄
野茂の教えを広めるべく神戸からやってきた暗黒の破壊神。
2010年、2011年にカープの春季キャンプで臨時コーチに。
テクニカルアドバイサーとしての実力はあのどんでんにすらダメ出しされるレベル。大して働いてないのにオリックスは一昔前の広島並の投壊を起こし、ぶっちぎり最下位で焼け野原。熱心に指導した小松も、大加藤も(以下略)
なのでコーチとしての実力も…。あ、あれペロネード…?
長谷川良平(故人)
創設期のカープを支えてきた、小さな巨人年間50勝しか出来ないシーズンに30勝したこともある。つまり、チームの勝ち星の6割が長谷川の勝ち星である。背は低いのにすごい人である。背が低いと言っても、土井八郎よりは高い。カープの初代男の中の男である。
長谷川昌幸(ハセガー)
終わってしまった広島が誇るノーコンエースピッチャー。
序盤で大量失点し、本塁打を打ち込まれることを得意としている。かつては12勝したり、1軍に上がっては150km/h近い速球を披露していたらしいが、もうぺんぺん草も生えていない。どうも、緊急登板のみにやる気を出している気がする。
若年女子層の集客率の殆どを握り、彼に高校三年間を捧げた女子高生も多かった。お洒落に理解できないカープOB解説者から汚い髭と長髪を切れと言われるのは毎年の恒例だったが、現在こじき髭は剃った模様。
2009年もどうにか開幕ローテを勝ち取り最初の2試合は好投したが、その後メッキが剥がれたように打ち込まれブラウンもおかんむりの2軍落ち。由宇ではそれなりらしく、人手不足の1軍にまた上がってきて好投したが確変だった模様で由宇ターン。最初に少し期待させるだけに余計始末が悪い。
2010年も相変わらずそんな感じで、初回に5失点して2回もたずに降板した試合では、なんと三者連続ストレートのフォアボールを出すなどして観客を唖然とさせた。いったい何年やっているんだ。ちなみにその日はチャーリーがサヨナラ打を放ちなんとか勝利し、パフォーマンスシートは歓喜に沸いたのだが、試合後の勝利の1-9(スタメンの応援歌を通して歌う)の最後、投手の名前をコールするとき、サヨナラ勝ちを収めた後の外野席とは思えないほどに観客全員が沈黙してしまった。
5/14の二軍戦で1イニング5失点したせいか、次の日迎⇔喜田剛トレードのついでにオリックスへ売り払われてしまった。
現在は広島市内で料理店を立ち上げたらしい。
広池浩司
大卒時のドラフト指名にかからず一度は全日空に入社。しかし野球への想いを断ち切れずあてもないまま退職しプロテストに挑んだ男。高校・大学時代は外野手だったにもかかわらず、何を血迷ったのか投手として応募し見事合格。
投手でありながらプロ初打席がホームランというそのへんの野手でも成し得ない記録を持っている(投手としては史上3人目)。そのためかKOされた大ケケの代打に送られたことがある。横浜のうんこを彷彿とさせる投手である。
「困った時の広池」の名に相応しく、負け試合でも嫌な顔一つせずそれなりのピッチングをしてくれる。
性格なのかブログもやたら真面目である。・・・でもあれ携帯から書いてるんだって。
10年内川獲得資金調達のための大量リストラに巻き込まれ、解雇通告。フロント入りを求められたが、野球への想いを断ち切れずあてもないまま退職し・・・ひょっとしてトライアウトに挑む?かと思わせておいてあっさり引退。その後は西武のバッティングピッチャーに就職したとさ。めでたしめでたし。
マーティー・レオ・ブラウン
ブラウン監督
92年から3年間カープに選手として在籍していたセリーグ打率ワースト打者。その12年後、監督としてベースを投げに広島に戻ってきた。
ぺんぺん草さえ生えてなかった投手陣を立て直したものの、最終シーズンには一時期チーム打率が92年ブラウンの打率より低くなるという異常事態が発生。2年にわたってクライマックスシリーズを逃したのでクビになった。
退任時は弱小軍団の3Aバファローを優勝に導いた監督ですら立て直せなかったカープの現状にファンは呆れたが、その翌年に前年は2位にまで這い上がった再就職先をぶっちぎりの最下位に退化させてしまいわずか1年でたたき出された為、3Aでの栄光は再来日の時点で過去の話になっていた事が判明した。
しかし、当時ファンはぼろ糞に叩いたが、ファンサービスは良かったし、今の監督よりは確実に良かったのではないか。まさに後悔先に立たず。
前田健太
候補全5選手「理由なき」辞退に虐殺された新球場こけらおとしの次の日が偶然誕生日だったので両親招いて登板、ちょっと勝利しただけで球場に記念プレートを設置されたブロガー。つまらないことで記念プレートなんぞになったせいで何かに祟られ絶不調。あっという間に10敗。初回のマウンドに上がったらPL教のお祈りをする(これを忘れるとフルボッコされる)。また攻撃中のキャッチボールの時に見せる
「マエケンダンス」は伝説となっている。プロ初勝利の時は7回までノーヒットノーランだったが、未遂に終わる。高卒2年目で北別府を越える勝ち星を挙げた。あの高校でエースで4番だっただけにバッティングセンスは高く桑田2世の呼び声も高い。広島市民球場最終戦でホームランを打つなど大物の風格を漂わせた。
2010年は突然の覚醒、投手3冠王を獲得し目の上のタンコブや公カチ王子を影ながら越えている(成績は同じくらいだろうけど)。
11年にシーズン最終登板で9回1死までノーヒットピッチングから連打を喰らい負け投手になるという西武の西口もビックリの記録を打ち立てる。だが、「どうせ2011年は打たれまくるだろう」という予想がされていて、案の定そうなってしまったが、彼らの批判をなくすために2年連続の奪三振王を取ったので、面目は保ったと言っていいだろう。イニングと呼ばれる食物が好物であり、これを食いまくる事が彼の仕事である。その過程で勝ちを消されようが彼には関係ない(勝ち星を消された時の表情が妙に寂しい気がするが、そんなことはない)。
12年にはノーノーを達成。
13年は惜しくも最多勝を逃すが15勝を記録。本人はメジャーに行ってみたいと宣言しているが今の成績ではお察し下さい。:
14年は13勝に留まる。そのためメージャーに行くのを断念。まぁしゃーない。
15年に15勝を挙げ、最多勝と沢村賞を獲得した。しかしチームは4位のため、ファンにとっては複雑である。シーズンオフにポスティグという意味不明な制度を投入し、メジャーでの移籍先を探す。
15年オフに無事ドジャースと契約。契約内容で物議を醸しているが、そんなの気にしない気にしない。まあ最低8年は帰ってこれないけど。
会見の際に「広島カープから来ました前田健太です」と、男気を真似た暗黙の了解挨拶をした。
前田智徳(前田様、代打の神様)
前田様
前田様。チームの看板選手であり頼りになる存在。。広島に前田姓は複数いるが、「広島の前田」は普通彼のことを言う。
単独の項目があるので、そちらも参照のこと。
昔は寡黙で、奇妙奇天烈な発言と行動が目だってきたが、最近ではそのような発言も無くなり、今までのは何だったんだ?と思えるぐらいお喋りになってきている。
2013年4月に骨折をしたため活躍できず、その9月下旬ごろに引退を表明。今までありがとうございました。
牧野塁
2008年に東北楽天ゴールデンイーグルスからトレードで拉致してきた。ミラクルボールというどうしようもない漫画で、あの江夏豊と合体して登場した。本人も輪をかけてどうしようもない投手。
08年の更改でごねたせいで元ちゃんの怒りを買い、翌年解雇された。
松本高明
東出量産機のハイエンドモデル。俊足でそれなりに活躍してて、1軍に上がるチャンスは幾度も与えられているのに…。空回りしていてなかなか掴めないかわいそうな人。小窪とか梵とか石井とかと競合してるんだからしょうがないのか。
なんやかんやありまして14年シーズンオフに戦力外に。
宮崎充登
得意技は序盤の大量失点。その能力は長谷川昌幸(ハセガー)より遙かに高い。ファンから出る言葉は「宮崎をどげんかせんといかん」
登板後のコメントでは
「気持ちに余裕が持てたら…」
「野手の皆さんに申し訳ない」
「この反省を次回につなげたい」
「四球は点に絡むので抑えないと」
と言いつつ、同じ失敗を何度も繰り返す。その能力は大竹寛(大ケケ)より遙かに高い。芸能人崩れ宮崎県に明日はあるが、悲しいことに広島の宮崎に来年はない。どげんしょうもなかとです。
2011年に戦力外通告を受ける。
森跳二
2009年に千葉ロッテマリーンズに1イニング15失点を許した『こども』の『も』。
無名だが、2軍では結構試合に出ていて防御率は1点台。俺達を彷彿とさせるが、起用方法が間違ってると由宇マニアから声が上がったとか上がらなかったとか。
10年の内川獲得資金調達のための大量リストラに巻き込まれた一人である。
山内泰幸
入団二年目と三年目に活躍した。通称UFOおじさん
現役時代は読売ジャイアンツに対してはかなり強く、プロデビューからジャイアンツ戦に無傷の10連勝。
引退後は三軍投手コーチを務めた後、二軍投手コーチを経て、2014年まで一軍投手コーチを務めた。
2015年からは、球界の詐欺師の後任として、テレビ新ヒーローやヒロシマイケルの勤務する局で野球解説者を務めている。
山崎浩司
「隠し球」で全国区の知名度になった(隠し球でググると山崎が上位で表示される)。守備は超一流。バントも上手い。バッティングはお察し下さい古巣オリックスとトレードされ、惜しまれながらも広島を去る。
山田真介
呪いその2。球界の座敷童子。彼の前には黒田も倒れ、天下の巨人も阪神も終戦。次はジャイアンツアカデミーが祟られる予定。
山本浩二(ミスター赤ヘル、ピーコ)
選手としては最高だった。でも監督としての彼の場合、第一期こそ選手時代同様すばらしいが第二期は粛清されました。第一期も第二期も蛇年で始まり鶏年で終わったため、2025年~2029年に第三期で復帰する可能性もある。ファミリースタジアム(以下・ファミスタ)の第一弾発売当時では四番でありカープ黄金期であった為、認知度は上がった。
2012年か2013年にWBC日本代表の監督として復帰したがメディア等であまり取り上げなかったため黒歴史としている。
山本翔
10年の内川獲得資金調達のためn(ry。というか、誰?。
横山竜士
僅差での勝ち試合にいつも登板し毎回ランナーを出してはシュルツに尻拭いをさせるルーズショルダー。
もう既に壊れているにも関わらず、まともな中継ぎが現れないせいで酷使された。が、野球の神様が彼を見捨てる訳もなく、2013年に同時復活したNG川と共に大車輪の活躍をした。しかし、彼の遅すぎた輝きは長くは続かず、14年に引退。お疲れ様でした。ちなみに、お●ぱい星人である。
ジェフ・リブシー
ブラウンが一暴れした後の代行監督。ブラウンと一緒に楽天に引き取られていった。「ブラウンが退場したら勝つ」と言われていたが、ブラウンが身内の不幸で帰国した際ちぐはぐな采配で阪神戦に3タテを食らってしまい、神話はもろくも崩れてしまう。たまに「ジブリー」と言われることもある。そう呼ばれ時にはスタジオジブリから報酬をいただいているという噂がある。
ジョー・ルーツ(故人)
75年のカープ初優勝の年の、最初の三か月の間の監督。この人の声により、カープのチームカラーが黒から赤に変わったことは言うまでもない。ご冥福をお祈りします。
渡辺弘基
広島が初優勝したような気がするあの頃のリリーフエース。って言うよりは、フレッシュモーニングの「ナベさんのカープはおまかせ」の記憶のほうが強いでしょうね。最近はテレビで熟年の人々を紹介している。

助っ人[編集]

ランス
ランスにゴン。本名は、リチャード・アンソニー・ランセロッティ
三振かホームランのバッティングスタイルで活躍。1987年に規定打席到達者のうち最低打率、最多三振でありながら本塁打王を獲得した。この年は2009年現在のカープにも負けずとも劣らないド貧打打線であった。
ジム・ライトル
入団した1977年から1982年の退団まで衰えることなく活躍した大物助っ人。
趣味はホームランで7年間で166本打った。
エイドリアン・ギャレッド
アメリカからやってきた助っ人。
わずか3年で102本のホームランを放っているのでライトルよりも凄いかもしれない。
ロビンソン・チェコ
ガッツポーズのドミニカ成功例。しかし安給料に耐えられず、そそくさと海を渡る。それ以来ドミニカカープアカデミー出身の選手って・・・。
ウェイド・ロードン
銀行員がなぜカープに!?
アルフォンゾ・ソリアーノ
鳩食うな!
ドミニカのカープアカデミーから入団。打てないわ守れないわ走れないわで全く通用せずに海を渡る。ところがどっこい、移籍1年目には2Aで89試合.305、15本、24盗塁を記録。そして2001年からは毎年70打点を超える、バリバリのメジャーリーガー。どうしてカープは矢吹丈のライバルのパチモンはじめ箸にも棒にもかからんような選手ばかり連れてくるのだろう。
アレックス・オチョア
ゲッツーは多いがチャンスには強い。カープに来てからは衰えたがかつては肩がチート並に強かった。歳による衰えと若手の外野手争いの為に退団となった。
引退後はソフトバンクのCMに出演するとか何とか
ビクトル・マルテ
どう見ても顔がおばちゃんにしか見えない。にわかせんべいに似ていて帽子を斜めにかぶりたがる。意外にも日本語が堪能である。
ストレートの威力・質は歴代のドミニカアカデミー出身生でも最高傑作。しかし、ソリアーノやラミーレス同様、実際に使い物になるのはメジャーに行った後になるような気がしなくも無い。
フェルナンデス
ナックルボーラー。110km/hと中学生でも投げられるスピードのストレートと、90km/hのナックルが売り。牽制もめちゃくちゃ上手い。どんなに大炎上しても次の登板も普通にあると思っている図抜けたポジティブハートには向上心やストイックさの欠片も見えない。明日も見えない。でも本人はきっと日本でも大活躍する自分が見えているのだろう。あれ?いないよ?
ジム・ブラウワー
横山の離脱などにより困窮する中継ぎ陣を見兼ねてか、めずらしくフロントが獲得に乗り出してくれた助っ人。それほどアメリカのことを知らない日本人が思い描く、陽気なアメリカ人ってきっとこんな人。1シーズンで89試合登板した記録を持つこの男の「毎日でも投げられる」という言葉は嘘ではなかったはず。
デビュー当初は期待通りのピッチングを見せるも、徐々に打たれ始めしまいには対左打者の被打率が3割を超える始末。しかし9月14日の阪急戦で、自分で無死満塁という大ピンチを作るも見事切り抜けるというブラウワー劇場でなんだかファンを魅了してしまった。カープの劇場王永川も顔負けの6凡であった。
コルビー・ルイス
黒田がメジャーに行ってしまわれたので、カープの新しい大黒柱へと期待されて入団。2323担当。趣味は場外ホームラン。
初登板では1試合3ボークなど、とても黒田の代わりになれそうもなかったが、虚塵戦で来日初完封したり、交流戦でルイス無双をやらかしたり、月間MVPを獲得するなど、黒田以上の活躍をみせた。
初回と7回に失点する確率が高いので、そのときだけツンデレだといわれているが、そこを抑えると本当にゼロのルイスになる。本人曰く「ちょっと失敗しただけよ」。
08年の終盤にカープ愛に目覚め、メジャーの誘いを断り残留したのが運の尽き。この軽率な行為を深く反省したらしく、09年が終わったらさっさと帰ってしまった。残念。
ベン・コズロースキー
たまに登板して先発の勝ち星を消していく消しゴム的存在。カープファンでも存在をよく知らない。
長い間由宇暮らしが続いていたが、先発陣が不足したチーム事情により先発転向を試み昇格。初先発の阪急戦では消す勝ち星がないため好投し初勝利をあげた。新たなローテーション候補とファンはヌカ悦びしたが、ヤクルト戦ではまるで雨に打たれたかような汗をかくほど打ちこまれ(帽子が汗びたしであった)、またいつの間にかいなくなってしまった。どうやら手術のため帰国したようである。一度戦力外になったが、再契約した。ドーマン解雇の時一緒にいなくなったかと思ったらまだいた。09年が終わってもまだい…あれ?いないよ?
スコット・ドーマン
2009年に千葉ロッテマリーンズに1イニング15失点を許した『こども』の『ど』。
中継ぎとして期待された助っ人。他球団のスコアラーが顔を見合わせるほど速いらしい。確かに解雇は速すぎたが。
15失点が祟り、前半戦も持たず6月23日に年俸4000万円(推定)全額支払って解雇。元ちゃん太っ腹ぁ!!!!
デニス・サファテ
11年、NG川負浩から守護神の座を(カープが僅差のゲームなら8回にリードされてるからめったに登板機会ないけど)受け継いだ。コントロールと性格がよくなったクルーンみたいな感じ。阪神の藤川にも負けじと劣らない奪三振率を誇る。
だけど巫女にあっさり守護神の座を奪われると東のふにんきに移籍してしまった。そこでも俺達に火達磨にされて結局福岡に旅立ち、古巣をボッコボッコにしているのだとか。
スコット・シーボル
シゴット・サーボル。守備でやらかしたら、高確率でタイムリーを放つ貴重なネタ外人。梵は見習うべきである。
当初新井とかシーツみたいな選手と思われたものの、打たないわエラーするわで2軍落ち。誰もがクソ害人認定しようとしていた矢先、再び昇格するとサヨナラ・グランドスラムを放つなど予想外の健闘。9月は本当に中軸並みに打っていた。まさにもう分からない。しかし阪神のダメ外人の打球をポロリしたり、AV男優のチョコボール向井に興味深々になるなど、ネタ外人としての地位は変わらなかった。
09年も4/4まで本塁打王であったが、マクレーン、フィリップス加入と打撃不振と怪我により2軍送りになる。由宇の思い出ヤフードーム・バッティングセンターでも一人乗り遅れていた模様。
多分来年は…あれ?いないよ?
アンディ・フィリップス
カープ公認のイケメン助っ人。左翼手て触れ込みだけど今から練習するってさ。守備はやっぱりアレだったけど、徐々に順応したらしく8月に猛チャージ。来シーズンの活躍が期待されたがブラウンと一緒に楽天へ引き取られていった。
ランディ・ジョンソン
アメリカで有名なあの投手とは同性同名の内野手。
1987年に三塁手として入団。
1988年衣笠が引退し正三塁手として期待されるが、片岡光宏にポジションを奪われたり、二塁・遊撃も・高橋慶彦で固定されていたため出番はなくそのまま退団するという悲しい結果に・・・。
ジョン・ベイル
ルイスが帰国したので急遽アメリカから取り寄せた、元ちゃんが安値で買い叩いた消火器。
04~06年在籍時は結構活躍したようだけど、10年はお察し下さい
ヴィニー・チューク
NG川の離脱という、“実は案外大したことない"緊急事態に際して、急きょ送り込まれた助っ人。
現地の言葉で「で、結局お前何しに来たの?」
マイク・シュルツ
ウィルキア海軍から来た投手。09年はカープで一番仕事をした漢。
09年の勝利の方程式として大活躍。負け試合でも勝ち試合でも中継ぎとしてクローザーとしてもどんな試合でも投げてる、毎日。そろそろ潰れるんじゃなかろーか。←11年に案の定潰れて退団。
身長が極端に高く(201cm)、ベンチに戻ったときに他の選手の中で一際目立つ存在。中学生から見たら、まさしく大巨人である。
08年にやって来た時は外国人枠が一杯でなかなか1軍に入らせてくれず、やっと1軍に上がれても、初登板でもう分からないの残したランナーの後始末をさせられてしまうなど役割は散々だった。その後、重い球質で勝利の方程式に定着したかに思えたが、7月に4敗を記録し、NG川のDNAを感じさせる炎上っぷりを見せ付けた。
ニック・スタビノア
言うまでもないだろうが楽天の元レイズ、ニック・ダルマー選手ではない。
12年から活躍。阪神戦で3打席連続4HRを放ったりしていた。しかしレフトから栗原の代わりにファーストに入ったのが運のつき。
恵体なのに無理して1塁ベースに突入し大怪我をして前半戦途中で帰国。そのまま退団。
ジェフ・フィオレンティーノ
登録名「ふぃお」。確かそんな選手がいた気がする。
ジャスティン・ヒューバー
登録名「ひーはー」。確かそんな選手がいた気がするPART2。
巷で世間を騒がしてるあの人と名前は似ているが関係性はない。
ブライアン・バリントン
2年目こそ劣化したものの、彼が先発の時カープファンは安心してみていられる。でもその分負けたときは、松山がまぐれでタイムリーを打ったときと同じくらい衝撃を受ける。
ルイスのようなHRこそないが、地味に毎試合高確率で安打を残す。
14年シーズンオフにオリックスに移籍となり、惜しみながらもカープを去った。
キャム・ミコライオ
12年に現れた髭神様。巫女ライオ。東のふにんき戦での采配を巡って大本営に怒られた(監督が)。まぁ炎上したんだからしゃーない・・・と思ったら2009年WBC日本代表メンバー(笑)に被弾する始末。しかしかつてのチームメイトが不調に陥った為これまた守護神の座を受け継ぐ。しかし母国でベイビーが生まれる為そろそろ居なくなりそう。
案の定14年に居なくなったと思ったら楽天に移籍していた。
キラ・カアイフエ
2013年半ばに突然入団したハワイアン。
わずか半年で14本塁打を放ち、お茶の間を騒がせた。
翌年は辛いさん以来の30本超えを期待されるも、序盤で大こけ。あっさり由宇に飛ばされた。
交流戦後に社会人大会に出た二冠王が不調に陥ると1軍からのお迎えが。何だかんだで去年とHR数が同じ数にになりそう。
チャンスに滅法弱い癖に、1試合4四球するとてつもない選球眼を持っている。何なんだこいつは。
2014年に自由契約となり退団。アメリカに帰国したそうです。
ライネル・ロサリオ
のペタジーニを彷彿とさせる熟女大好き芸人。通称「オサム」。
秋葉原から博多に左遷された移籍した人がセンター取った歌を真似して踊ったら、勝手に中東の一番弟子にされた模様。
ところが2015年のシーズンオフ、球団が新しい外国人選手と契約を結んだことから退団、帰国をすることに。
ダニーロ・デヘスス
本名はダニーロ・デヘスス・アラウホ
カープアカデミー出身であるがカープに入団する前は四国アイランドリーグに派遣されていた。
Max156km/hのストレートは球威があり、14年の秋季キャンプではバットを2本へし折ったほどである(余談だがhydeの身長は156cm)。
ルナ
チポたそ~
打線強化のため16年にドミニカくじ名古屋店から取り寄せた日本球界通算打率.316の超優良助っ人。ルナ(月)とエルの新デスノート打線に期待がかかるが、いまいちパッとしなかった。
理由は定かではないが、わずか1年で退団しました。

関連項目[編集]