常豊駅

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常豊駅(つねとよえき)とはJR北海道根室本線に存在する不思議な駅の一つ。

概要[編集]

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ウィキペディア専門家気取りたちも「常豊駅」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「常豊信号場」の項目を執筆しています。

鉄道教徒からは「幻の駅」として認識されている駅である。「」であるがゆえ、この駅に関する情報はあやふやなものが多い。 以下に記載する文章はこれらのうち確からしい情報によるものである。

この常豊駅は浦幌駅と厚内駅の間にあるという。どちらも北海道十勝の東の端・浦幌町に存在する駅である。この2駅の間には峠越えがあるが、その手前、十勝平野の終端に常豊が存在する。

その姿は2本の線路に対面式の短いホームがあるだけという小さな駅であるらしい。

また常豊駅に到着することは容易ではない。普通列車ですら通過するものが多いのだ。特急列車は論外である。しかも時刻表にも掲載されていないという利用させる気も感じられない扱いである。ぶっちゃけ鉄道を利用せずに道路を行った方が到達しやすいだろう。

この駅の特徴、というか不思議な点は多いためあえてここでは挙げず、代わりに別項目で後述する。

駅としてはあまりに特異的すぎるため「駅じゃなくね?」という意見も多い(例として「頭の固い百科事典」では信号場、つまり駅でないものとして取り扱われている[1])。しかし常豊本人(?)の主張を重んじ、アンサイクロペディアでは駅として扱う。

歴史[編集]

根室本線は基本的に線路が1本しかない単線の路線である。上下の列車がすれ違う時にはどうするのかというと、複数の線路がある場所で待機することになる。その「複数の線路がある場所」は駅であることが多いが、中には駅ではない場所もある。そのような場所を信号場という。

常豊もかつては列車のすれ違いを行うための信号場であった。具体的にいうと国鉄時代の1966年に設置されている。

信号場と駅の違いとして信号場では客扱いをしないという点がある。とはいえ地元住民の需要が見込まれる信号場もある。そのような信号場の場合、仮乗降場を兼任させて客扱いをするという処置が施されることがある。常豊もそのように扱われていたと考えられる(ただしいつごろ客扱いがあったのかは不明)。

さて1987年、国鉄が分割民営化された。JRグループの誕生である。北海道にある鉄道駅はJR北海道の傘下に入った(例外:ふるさと銀河線の駅)。

その折にどんなにへっぽこなものであっても仮乗降場はすべて駅へと昇格している。常豊ももちろん同じように駅となっている。そして今日まで廃止されず駅として存続しているのである。

常豊七不思議[編集]

その1:駅の構造[編集]

2本の線路に2つの対面式ホーム――これが常豊駅の主要部である。

また傍らには謎のコンクリート造りの建物がある。これは駅舎ではないようで、一般客は立ち入り禁止となっている。古瀬駅と同様である。その建物には「常豊信号場」と書かれた看板が掲げられている。これは常豊がまだ信号場であった時に書かれたもので、駅となった現在でもそのままなのだろう。

それでは常豊駅の本体を見てみよう。

常豊には2本の線路が存在している。ここで上下の列車がすれ違うことができるのである。

それに添えられて2本のプラットホームが向かい合わせで設置されている。他の仮乗降場上がりの駅とは違い、ホームはいずれもコンクリート製だ。だが不思議なことにやたら短い。1両分もないほどである。これで利用者は大丈夫なのだろうか。

噂によるとこのプラットホームはかつて列車の運行が自動化されていない時代の産物でしかないらしい。つまり今は使われていないという。しかしもしそうであるならば、廃止にした駅の痕跡を問答無用で削り取るようなJR北海道により既に常豊のホームは失われているだろう。現存しているということはこのホームが利用されているということを示唆しており、常豊は駅であるということを証明している。

常豊が駅であるとする根拠はそれだけではない。このホームの上には駅名標が掲げられているのだ。もちろん普通の駅と同様の形式である。

一説によると駅名標は必ずしもそこが駅であることを証明するものではないとされる。つまり常豊の駅名標はJRサイドが勝手にネタとして設置したものであるという。しかし2017年3月に稲士別駅が廃止されたからといって十弗駅の10$看板から稲士別の名を抹消するようなJR北海道がそのようなユーモアを身につけているとは考えにくい。そのためこの駅名標は常豊が駅であることを証明するものとしていいだろう。

その2:周辺のふいんき(←なぜか変換できない)[編集]

次に常豊の立地を見てみよう。

前述のとおり、常豊は十勝平野の終わり、峠越えが始まるところに存在している。あたりは畑作地帯だ。山に挟まれて畑が狭いながらも存在している。集落のたぐいは見られない。遠くから通いで耕作を行われているのだろう。

なぜ人気のないこんな場所に駅を設置したのかは不明である。元々は列車の行きあいを行う場所・信号場として設置されたと推測できる。客扱いを行うようになり駅になったのが現在の常豊駅であるのだろう(で、なぜ客扱いをしたのかって? (゜⊿゜)シラネ)。

こんな状況であるが、なぜか秘境駅として認識されていない。秘境駅を巡礼する鉄道教徒たちも「常豊は駅じゃねえ」という立場を大部分がとっているためである。また彼らに秘境駅と認識されるには秘境駅派の教祖による認定が半ば必須となっており、常豊にはその認定がないという側面もある。

その3:停車時の扱い[編集]

後述する「時刻表に載らない」という点により、常豊で停車する列車を見つけて乗ることは困難を極める。

綿密な調査により、もしくは運よく常豊に停車する列車に乗った時にはそこで「常豊の不思議」に遭遇する。それを見てみよう。

浦幌から釧路に向けて、列車は徐々に高度を上げる。そして十勝平野の終端で急カーブを描く線路に従い列車は120度方向転換を行う。そのカーブの頂点あたりに常豊が存在する。

もし選ばれた数少ない列車であるならば、列車は常豊に停車する。常豊で列車を待っている客の姿はもちろん見えない(はずである)。

恥ずかしいかもしれないが、それでは常豊で降りてみよう……。

しかし、なんとドアが開かないのである。駅の癖に。乗客を扱う気はないのだろうか。

噂によるとここではドアの開閉を必要としない乗客のみを扱っているとされる。つまり一般客は肉体があるからここで乗降できないだけであるという。確かに幽霊が相手ならば乗客の乗り降りが目に見えなくても納得である(ちなみに幽霊の運賃はタダであるらしく、列車内の運賃表に常豊を示す欄はないし、常豊に運賃表はない)。

また常豊で停車した場合、ほぼ確実に対向列車がやってくるという。もしやってこなかった場合は運行情報に何か出ている。

根室本線(新得~釧路間)は旅客・貨物輸送双方において幹線と言える路線であるものの、常豊のある区間では列車本数自体は決して多いわけではない。にもかかわらず常豊で必ず列車交換が見られるとは、たぐいまれな偶然である。

その4:時刻表での扱い[編集]

では鉄道教徒の聖典である時刻表を見てみよう。とりあえず根室本線の下りを見てみる。

 浦幌
 厚内

あれ?

……気を取り直し、今度は上りを見てみる。

 厚内
 浦幌

……あれ?

このように時刻表上では浦幌と厚内は間に何もない隣同士の駅である。簡易版の時刻表はもちろん、正式な分厚い時刻表もである。つまり常豊は時刻表も知らないという不思議な駅である。

実は国鉄時代は「時刻表に載らない駅」というものはさほど珍しくはなかった。しかしそのような駅もJR発足により正式な駅になり時刻表にも認識されるようになった……はずだった。今なお残る時刻表に忘れられた駅、それが常豊であるのだ。

その5:路線図での扱い[編集]

ではここで路線図を見てみよう。路線図には範囲内全ての駅が書いてあるはずだ。全道の路線図はたとえば時刻表や特急内で無料配布されるJR北海道の雑誌に掲載されている。

そこで根室本線の該当部分を見てみると……。

 「- 浦幌 - 厚内 - 」

……あれ?

また運賃表を兼ねたものが(地域にもよるが)駅に存在している。常豊のある根室本線・新得-釧路間はその地域の中に入っている。

路線図兼運賃表は無人駅では簡易版、有人駅ではもう少し詳細なものである。いずれにしろ、隣駅は表記されている。

 「- 浦幌 - 厚内 - 」

……あれ?

まあ運賃タダの幽霊しか利用できないのだから、常豊が運賃表に書かれていなくとも問題はないのかもしれないが……。(なお浦幌は有人駅であるが、もちろん常豊発着の切符は取り扱っていない)

その6:隣駅での扱い[編集]

前述の通り、常豊の隣駅は浦幌と厚内である。

それでは浦幌駅の駅名標ににおける隣駅を見てみよう。

←しんよしの かみあつない→

……あれ?

気を取り直し、もう一つの隣駅・厚内駅の駅名標を見てみよう。

←うらほろ あつないちょくべつ→

……あれ?

このように浦幌・厚内という隣駅の駅名標でも常豊は無視されている。ひどい。

これが常豊の不思議な点「隣駅にまで無視される」である。

その7:上厚内駅の扱い[編集]

ここで少し昔話をさせてほしい。

常豊駅の所在する浦幌町には2018年時点で4つの駅がある。しかしかつてその数は5つであった。5つ目の駅の名は上厚内という。常豊と厚内の間に存在する。

この上厚内駅は山間にある木造駅舎の駅で、秘境駅としても有名であった。もっともここは常豊駅の項目なのであまり深くは語らない。

秘境駅と認識されていることからもわかるように、上厚内駅は地域ごと見捨てられたような利用者僅少の駅であった。

そのため上厚内駅は「極端にご利用の少ない駅」という廃止候補としてリストアップされ、さらに2016年夏の台風被害のどさくさに紛れて正式に廃止が決定、そして2017年3月に本当に廃止となった。ちなみに列車交換のできる場所としてはJRにとって利用価値があるため廃止後は信号場となっている。

(なお常豊駅もぶっちゃけ利用者僅少の駅にしか見えないのだが、JRサイドもその存在を忘れているらしく「極端にご利用の少ない駅」呼ばわり、そして廃止とななっていない)

それから上厚内駅本体はもとより、さまざまな場所にあった上厚内駅の痕跡を抹消することになった。そんなに上厚内駅が憎いかと言いたくなるほどの徹底ぶりである。

実例として、かつて利用されていた土のプラットホームも削り取られ、駅名標も取り外されている(この駅名標の有無が「上厚内が駅ではないこと」、そして皮肉にも「常豊は駅であること」に対する証明となっている)。また近隣駅にある路線図兼運賃表も上から修正シールを貼られる、もしくは新調されるといった方向で「改正」されている。

そして上厚内の「駅名標上の」隣駅である浦幌と厚内について。2017年3月まで浦幌や厚内の駅名標には隣駅に「かみあつない」と書かれていた。しかし当の上厚内は廃止された。それを受けてこの2駅の駅名標は「改正」されている。「かみあつない」の上から新たな隣駅の名、つまり「あつない」および「うらほろ」と書かれたシールを貼られるという方法によってである。

では常豊ではどうだったのかというと、もちろん「改正」は行われている。しかしその手法は浦幌や厚内とは異なっている。すなわち「かみあつない」の「かみ」の部分を白ペンキで塗りつぶし「あつない」に変更しているのだ。

これはもちろん資金節約のためである。乗客が見込まれるような駅ではしっかり「改正」するが、(肉体のある)利用者のいない駅ではできるだけ手を抜く。JR北海道の財政難はこのようなところにも及んでいるのである。

関連項目[編集]

Gomen.jpg この「常豊駅」に停車中の電車は、現在運転手がいないため発車できません。運転して下さる乗務員を求めています。 (Portal:スタブ)