天窓

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天窓 (てんまど、Sky Window)とは、信仰の証明である。

概要[編集]

はいつでもにおわし、に這いつくばるように生きている我々にあまねく慈悲と深き慈愛をお恵み下さる至高にして絶対の存在[要出典]である。神の知らぬことなどなく、神に分からぬことなどない[要出典]のである。しかし、一部の迷い多き子羊の中には「私はいつもあなたに忠誠を誓っております。深く深く信仰しております」という主張をせずにはいられない者が少なくなく、もしかしたら「屋根があると、私がその陰に隠れて何か悪さをしている、あるいは企んでいる、とお疑いになるかも知れない」という杞憂により、いつでも自分自身の姿を天にましますなる神にお見せ申し上げるべく、屋根の一部をブチ抜いたのがその始まりである。もちろん、そんなバカな真似をするまでもなく、神はすべてをお見通しであることは言うまでもないのである。

改良[編集]

かくしてブチ抜かれた屋根の大きな穴を「天国への窓」略して「天窓」と呼ぶようになったが、そもそも屋根とは(ひょう)や(あられ)、(みぞれ)、黄砂やその他もろもろが屋内へ侵入するのを防ぐためにあったのである。それをブチ抜いてしまったのだから、今まで屋根が防いでいたそれらもろもろが侵入してくるのは理の当然というものであり、天窓を作った人々はこぞってその被害に悩まされたのであった。その後、15世紀にベネチアガラスの製造技術が開発・普及するまで、あくまで我慢を続けるか断念して屋根を葺きなおすか、という非常にどうでもいい信仰の試練に悩まされたと言われている

発展[編集]

ガラスの普及によって天窓本来の目的を果たしつつ、生活の邪魔になるあれやこれやの侵入を阻止することに成功したが、次第にガラス技術が発展し、ステンドグラスの工法が生み出されると、今度は珍しモノ好きが「起きていても、寝ていても常に神への信仰を高めるため」という大義名分の下、ステンドグラスで聖画を作り、それを天窓にはめるのが流行した。それに対して当時発生したマルティン・ルター率いるプロテスタントが「偶像崇拝はいかん」とか「神に自分の姿をお見せする、という目的はどこに行ったんだ」等の痛烈な批判を浴びせたものの、誰も気にしないのであった。また、その頃になると産業革命によって蝶番や錠前の技術が普及したため、別に天窓はガラスでなくても必要に応じて開け閉めすればそれでよくなり、いつしか換気屋内採光、あるいは月見月光浴、そして影絵遊びぐらいにしか使われなくなっていったのであった。近年はエクストリームスポーツに使用される機会が増えた。

関連項目[編集]