中央・総武観光船
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
中央・総武観光船 (ちゅうおう・そうぶかんこうせん)とは、JR東日本とJR東海が所有する観光船とは名ばかりの通勤路線である(一応観光できるところもあるよ?)。
別名「陸の戦艦」線。
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[編集] 概要
名古屋駅から塩をケツ穴に入れてアッー!塩尻駅を経由し、なかなかの街、中野駅、さらに汚い新宿駅、きれいじゃない東京駅もしくは秋葉原駅をつきぬけ、東京都千葉市の千葉駅を通り、調子の上がらない銚子駅、そしてニュージーランドまでを貫く一大路線である。
新小岩とか市川とか船橋とか津田沼だと各駅停車が快速を追い越す画期的な路線でもある。
特徴としては以下のものがある。
- 線路を走る船
- ドイツの誇る陸上戦艦ラーテをヒントにしたのはいうまでもない。
- 狭軌(1067mm)の上を走る観光戦艦の姿はまさに狂気の沙汰としか思えない。
- 本線だけで545.1km
- 支線とか含めるともっとおっきくなるよ?
- 直通運転が存在しないことは禁句である。理論上可能なんだから誇大広告じゃない、歩いて直通させるのだ!
- 君になら出来る、出来ると思う、出来るんじゃないかな?ま、ちょとは嘘を覚悟しておけ。
- 便利~ぃ
- 未開の楽園、秋葉区へワープ
- オタクの集う秋葉原駅に近づくと、新潟県新潟市秋葉区までワープする。
- 理由は知らないが、たぶん秋葉様の聖地だからじゃなかろうか?きっとそうだよジェニファー!
- しかしここを過ぎると一気に東京都へ引き戻され、浅草橋、どすこい大江戸博物館へと続き、現実を知る。
- 呼び名
[編集] 歴史
[編集] 沿革
はじまりは、木之本桜マニアのおっさんがCCさくら駅~上から読んでも市川市下から読んでも市川市右から読んでも市川市左から読んでも以下同文駅の間で、さくらちゃんペイントの船(通称・痛船のはしり)を運行させたことである。
その後順調に痛船の通行範囲は広がり、上から読んでも市川市下から読んでも市川市右から読んでも市川市左から読んでも以下同文駅方向へはどすこい大江戸博物館駅まで広がった。CCさくら駅方向へは、数年をかけて、成東国際地港駅をこえて調子の上がらない銚子駅まで被害が及んだ。
その後付近住民の被害届(息子がさくらマニアになった、「さくらにあらずんば女にあらず」とのたまいだした、さくらたんの画像キボンヌ・・・etc)により、国の不良債権となった。
一方、東京の西のほうでも船を陸上で走らせる遊び(大砲を男性器にみたてた戦艦のような船を運行)を国が奨励しており、いつも勃川駅から汚い新宿駅まで数年で広がった。
大震災のあとのころには両方の路線が接続することになったが、偶然にも陸上船を運航していたためさして揉め事はなかったようだ。さくらちゃん船の後ろに男性器戦艦を連結したセクロス編成が当時の流行であった。 そのほかにも名古屋や甲府のほうでも船が陸上を走っていたために、戦争を前にして国が全部くっつけてしまった。
その後、快速船誕生、チキチキ!どこに快速船が止まるのか選手権、SM分離事件などをへて現在に至る。
[編集] チキチキ!どこに快速船が止まるのか選手権(東京編)
最も有名なのは杉並区内にある高円寺駅、阿佐ヶ谷駅、西荻窪駅による争いである。荻窪駅は丸ノ内線のお陰で無条件クリアとなったが、残りの駅は何処に停めるかで一時争いとなったが、いちいち争うのも面倒なので今度は区内全駅に止める事に決まるがが今度は都下住民から『止めすぎだ』と再び戦争となり争いは収まるどころか更に加速してしまった。結局3駅とも平日のみの停車で決着をつけたが現在でも冷戦状態が続いていると言う。
ちなみに女性専用車を次々と生み出した事で知られる創価学会は興味がなかっただけかは知らないが信濃町に快速を止めることは無かった。
[編集] チキチキ!どこに快速船が止まるのか選手権(千葉編)
有名なのは上から読んでも市川市下から読んでも市川市右から読んでも市川市左から読んでも以下同文駅と市川駅を自称する本八幡駅との争いである。
市川市誕生時の遺恨争いがもつれにもつれたものであるが、どう考えても市川市という名前を推した旧市川町民のVIP力を評価すべきであり、JRは空気を読んだに過ぎない。
上の2駅よりは地味であるが、西船橋駅と東京都世田谷区船橋駅の間でもいざこざがあり、一時は船橋市と世田谷区船橋地域で戦争になりかけたこともある。
[編集] SM分離事件
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[編集] 運用状況
現在は主に名古屋圏内と、中津川~塩尻~大月の山岳地帯、首都圏の三箇所に分かれて運行されており、それぞれの区域では全く違う運用が行われている。
[編集] 名古屋圏内
名古屋圏内は最も沿線のなかでは広い路線を持ち、第三百十三、第三百十一、第二百十一濃尾丸が主に用いられる寄港先の多いダイヤと、豪華な設備を持つ第三百八十一、第三百八十三、第三百七十三信州丸による速達ダイヤが存在する。
一部は上飯田連絡船と同様に飯田港に寄港するが、高低差の高くダムの多い天竜川を遡行するため運行時間が長く、ゆっくり船旅を楽しみたい老人に好まれている。また、第三百八十三信州丸のみは大阪港に入港する運用があるが、外洋を航行するため遅延や欠航の可能性が他より高い。
[編集] 首都圏
以前は第百八十三、第百八十九梓丸が運行されていたが、山岳地帯での運用が祟って痛みが激しく、廃船もしくは東京湾から房総半島周囲の航路へ転属されたが、検閲により削除により沈没した船も少なくない。
第二百十一死雲丸は以前はローカル輸送の主役であったが、数多くの不審船やDQNを撃沈するなかで老朽化が著しく、退役が進んでいる。以前は第二百九死雲丸も運行されていたが、現在は第二百三十一、第二百三十三死雲丸に交代している。
[編集] 山岳路線
八月十五日の終戦記念日には、首都圏から第二百一死雲丸が来訪し、終戦を祝い平和を願う満艦飾と砲火が、諏訪湖の緑あふれる湖面を極彩色に染め上げる。第二百一死雲丸による花火大会運用は今年で最後であり、来年度以降は別の戦艦が信州を訪問する予定である。
第百十五葡萄号、第百二十七山葵号、第百十九轟天号が主にローカル輸送を担当する。特に第百十九轟天号は天竜川の激流を駆け下り滝を滑り降りるスリル満点の船旅が楽しめることで知られる。以前は、戦時標準船や大正の旧型船が多数運航されていたため、さらにスリリングな船旅だったといわれるが、船体が真っ二つに折れるなど重大事故が相次いだことから惜しまれつつ新性能化された。なお、上りは索道で吊り上げられて移動する。
第百六十五、第百六十九花粉号も以前は多くの地域で用いられていた。寒冷時には非常に人気の高い船であったが、現在は全船が退役した。1970年代までは蒸気船も運航されていたが、ダム建設が進むにつれて、低性能の蒸気貨物船は木曽川を遡行できなくなり姿を消した。
[編集] 船の色について
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[編集] 関連項目
| 東京の鉄道 | |
|---|---|
| しR束日本 | |
| 五方面: | ■倒壊堂本線 ■横須賀線 ■中央快速線 ■中央・総武緩行線 ■■常磐線 ■高崎線 ■宇都宮線 |
| 内部: | ■山手線 ■最強線(赤羽線) ■京浜線 ■京葉線 ■湘南新宿ライン |
| 郊外: | ■総武本線 ■武蔵野線 ■南武線(オマケ) ■鶴見線 ■横浜線 ■川越線 ■根岸線 |
| 外部: | ■暴走環状線(外房線・内房線) ■東金線 ■成田線 ■相撲線 ■中央本線 ■青梅線・五日市線 ■ハチ公線 ■東北本線 ■上越線 ■■北関東縦貫線(両毛線・水戸線) ■伊東線 |
| 私鉄 | |
| 大手: | K'SEI・赤い新幹線・盗急・トーブ・ダセーブ・オバQ・K.O.DENTETSU・相撲鉄道・東京マゾヒスト |
| 大手?: | 新京成 |
| 中小手: | ・北総・芝刈・さいたま・東陽・臨界・つくば・ちば都市・湘南・タマ都市・ディズニー・ゆりかもめ・江ノ電 |
| 公営: | イチョウの葉・横浜市営 |

