ワーキングプア

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

「はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢっと手を見る」
~ ワーキングプア について、石川啄木

(ただな、石川!給料や原稿料貰ったその日のうちに色街(今で言う風俗)に通い散々遊んで散財しておきながら「金が無い金が無い」というのはふざけていると思うぞ!このばやいは後述の「自己責任」で責められても仕方がなかろう?だいたい中学でカンニングして退学した奴が偉そうな事書くな!)

ワーキングプア(working poor)とは、働けど働けど暮らしが豊かにならない人たちのことである。資本主義経済としては発生するのが当然の正常な状態である。資本主義社会においては、貧困国から貿易で巻き上げることで、右肩上がりの成長をとげるが、成長には限界があり大人になってしまう。つまり搾取の対象となる被支配層の貧乏人までが金持ちになってしまい、発言権を増したりしてうざい。こうなると次はもともとの支配層である富裕層を「選ばれた人間」だけにする「格差社会」に突入させられる。そうでないと共産主義となり、隣の貧乏人と共倒れになるから。作家で元文化庁長官だった三浦朱門は極めて明快に「選民教育」なる口実の元に貧乏人の子供が立身出世することを激しく批判。「出来ん者は出来んままで結構、エリート以外は実直な精神だけ持っててくれればいい」「魚屋の息子が猛勉強して官僚になるようなことがあれば本人にも国民にとっても不幸になる」とまで言い切っている。 こんな奴が文化庁の長官を務めるような国では先が知れるというものだろう。

また、ワーキングプアが増加することによって生じる様々な問題のことも指し、現代社会の抱える最も重大な問題の一つとなっている。NEETは「ワーキングプアになるくらいなら働かないほうがマシ」と達観諦観しているため、ワーキングプアには含まれない。かつては労働は尊いものと言う通念があったが、それが過去の遺産となってしまった悲しき被害者たちである。

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目次

[編集] 概要

ワーキングプアは、働いても金にならない定職者の事を指し犯罪予備軍としても呼び名が高い。

簡単には、正社員は新卒だけの特権とした上でこきつかってふるいにかけ、転職サイトなどで「第二新卒、引く手あまた」のように嘘の広告を流す。もちろん30歳を過ぎたら職すら得ることは皆無に等しく。さらに「自殺は駄目ですよ」とマスメディアで喧伝して、自殺を促すようにし、とどめをさしてくる。ようするに迷惑がかからない静かな場所で、静かに死んでくださいよと知らぬぞんぜりを最悪なことに通してくる。

卜ヨ夕自動車の売国奴&金の亡者の奥田碩が言うように、「コスト削減」はとても美しい言葉である。それこそゴマの油を絞るような形で搾取に搾取を続けた結果、トヨタ自動車は過去最高の利益を生み出したが、コストが下がれば下っ端労働者の中にはカスみたいな賃金(というより賃金とは言えない小遣い程度)しかもらえない人が最悪な事に出てくるのは当然の話であって、つまり大企業にとって、会社の存続を考えるとワーキングプアは人柱(生贄)であり都合のいい捨て駒的(取るに足らない)存在なのである。

北海道ではヒラで働くより生活保護に入ったほうが、生活上の制約は大きくなるものの良い暮らしが出来るとさえいわれる。実際、月の稼ぎが6~7万程度では生活保護を受けたほうが良いというのが通念である。だがその生活保護すら「あなた、働いた方が稼げるでしょう?」という窓口担当者(これは公務員である)の意味不明な言葉と共に受付すらしてもらえないのでどうしようもない。その一方で居酒屋タクシーで豪遊する馬鹿な政治家がいい思いして貧乏人は死ねって事かよ・・・わかったよ・・・加藤の気持ちはこんな世の中だから分かるよな。ただし、上記のような事は加藤智大を崇拝する一部のネットNEETには受け入れられているが、加藤が身分不相応のスポーツカーを購入して多額の借金を抱えたことや、正社員として働いていた青森県の会社を自分で辞めたことは徹底的に棚に上げている。しかも加藤が事件を起こした理由は「彼女がいない」などの極めて個人的かつ社会的な内容だとされている。ただし加藤とは智大の事では無く下等な者の事を指しているかとも思われる。

[編集] 責任

その人たちがそのような状態なのは「努力が足りないからだ!」と無責任に言い放ち、日々競争相手を後処理を考えず踏み台にし追い落とす努力をしている偉い人が言うのだからほぼ間違ってる。愛がこもっているというがこんなことを言う人間こそがアキバのどん詰まりを起こしたのが分かってない幸せだから理解すら出来る脳があっても無きに等しい低脳である。

自己責任という言葉はとても「言い訳」「屁理屈」と同意語で醜い意味なのに美しいらしく、愚かしいことに昨今の流行語にもなっている。これにも一面の真理はあるが、ようするに労働者をただのゴミクズと考えて、少しでも都合が悪くなると一方的に解雇してしまう捨て駒と捉えているわけだ、ふーん(皮肉冷笑調)。ただし解雇条件は法律で制限されているので、恐怖政治体制を敷き、いじめや誘導、洗脳を使う。これを企業に奨励したところ、どこも喜んでとびついた次第である。ヒラはスケープゴート分かってないなだからアキバのどん詰まり「現実でも一人ネットでも一人死んでも一人」が起きるんだだから勝ち組は低脳。

ワーキングプアは今のところ、若い人や母子家庭、企業を解雇された人たちが中心の問題なので、そのような境遇と無縁な偉い人たちは「働いても豊かにならないのは真面目に働いていないからだ!」と言っていれば良い。もちろんこれは一面の真理がある。しかし一面の真理であるので、結局のところ、ほとんどのワーキングプアはフルタイムで真面目にちゃんと働いているにも関わらず生活保護水準以下である。ただし言われた事をやる程度の労働なら馬鹿でもできる。しかしながら現実社会の馬鹿は言われた事もまともに出来ないとされている。当然ながら当事者の主張には若い頃の努力不足を棚に上げて上げまくっている側面が無いこともある。

金を墓場まで持っていくし、資本主義だから世の中は金。社会的に正常な人間なら、金ばかりほしがって当然である。

[編集] 社会の動き

ワーキングプアは市場経済の追求から生まれるという。これは全くもって正しい。金というのは金持ちのところに集まる傾向があって、大半の貧乏人は一生貧乏なままである。これが市場原理の当然の帰結である。

先進各国はこういうことに気づいて、ようやく対策を立て始めている。日本でもマスコミが騒ぎ始めている。今のところワーキングプア問題は過渡期にあり、本格的な解決は当分先であると言える。

言うまでもなくこういう問題は自由放任主義華やかなりし19世紀には誰もが知っていたことであって、その後20世紀にかけて解決のために先進各国が頑張って取り組んできたわけだが、とりあえず解決したので今度は、反動で振り子のごとくまた自由放任主義に立ち戻ろうとしているのが21世紀の社会である。つまり自分たちが自主的に100年前の状態に戻しておきながら、過去に起きていた問題をさも新しい問題であるように思いこんで騒ぎ立てるという健忘症に陥っているわけだが、もちろん健忘症なので誰も気にしない

[編集] 著名なワーキングプア

[編集] 関連項目